インフィニティー・ブルー 下

平井和正

   フィリッパ

 ホーバート・モテルの部屋にはふたりの不揃いな男たちがいた。ひとりは大きながっちりした男で、筋肉質の樽のような体格をしていた。もうひとりは比較的若く、飢餓難民のようにやせこけていた。
 大きなほうの男は片目がやぶにらみだった。黒い目は偏執狂のような虚ろな光を浮かべている。名前はショーティーといういかにも場違いな響きを見る者に与えた。都会のやくざ者は仲間うちでまともな名前を呼ばれることは稀で、大男をちびと呼ぶのは、仲間から軽侮を呼ぶような所業があったからだ。女に包丁を突きつけられてぶるったりしたのを、だれかに見られたのだろう。ヤクザ者の仲間たちはその故事を決して忘れず、肝っ玉が見かけと違うことを、ショーティーというあだ名にこめたのだ。
 もうひとりは普通はおおかた、痩せっぽと呼ばれるところをウィーゼルという呼び名を与えられていた。たぶんそれが本名だったせいだろう。イタチという名前は、その細長い顔つき、両目がくっついたような容貌にそっくり嵌まるものだった。
 こいつらは田舎者のやくざではなく、大都会のマフィアだった。マフィア同士の抗争で、三人ほど殺し、抗争の火種となったために、しばらくシマを売る破目になったのだった。その殺しの手口も残酷なもので、濃硫酸をかけて相手を焼き、二三発頭に射ちこんでから河へ流すという荒っぽいものだった。ファミリーの幹部は警察の動きがうるさくなったので、当座の間二人組を追い払うことにした。
 呼び返すまで絶対に帰ってくるなと釘を刺され、報復の手が延びることも恐ろしく、高飛びしたのだが、一向に幹部から呼び返す電話はかからず、手持ちの金も乏しくなり、田舎町のモテルで手持ち無沙汰な身をかこっていた。
 事の起こりは痩せたウィーゼルが、モテルの通路で女の顔を見たことから始まった。退屈してテレビばかり眺めていたので、目の醒めるような金髪の美女の顔はすっかり眼底に焼きついてしまっていたのだ。
 彼らは数週間も田舎町から田舎町へと逃避行を続けているうちに、頭も冷めてきて、元の大都市の古巣に戻るのがいかに困難か身に染みてきた。残虐な殺し方で三人も抗争相手の連中を片づけた時は、いかにもいい気持ちだったが、冷静になると、今度はこちらがつけ狙われる番で、それも濃硫酸を頭から浴びせられた挙げ句なぶり殺しにされるという、想像力の欠如した頭でもぞっとする考えに取りつかれたからだった。
 凄まじい阿鼻叫喚をあげながら、彼らの犠牲者たちが濃硫酸を浴びて白煙を立てながら焼けとろけていく光景は、胸がすっとする眺めだったが、同じ目に自分たちが遇うとなると話は別であった。
 抗争相手が潰滅したという話を耳にするまでは、古巣には戻れない。金を身内にせびるのも度重なると、次第に冷淡な扱いを受けることにもなった。
 ここはなんとかして、金を稼がねば、と考えるようになったのもお先真っ暗になったからだった。それも相当な大金を稼ぐ必要がある。マイアミのような大都会に逃げて、安穏に遊び暮らすほどの金が必要なのだ。
「あの女がこのモテルの部屋にいるぜ! 間違いねえ、なんとかいう上院議員の娘よ! ずっとテレビを見てたから間違うはずはねえ!」
 そういったのはウィーゼルで、息せき切って喋るたびに唾が飛んで、樽男のようなショーティーが厭な顔をした。
「間違いだろうよ、上院議員の娘がこんなくそったれのホテルにいるわけがねえよ」
 ウィーゼルのことを根っからの間抜けだと思っているのだった。こいつは変質者で人をなぶり殺しにするのが好きなのだ。特に女をいたぶるのに胸くそ悪いやり方をする。この病的な痩せっぽを好きになったことは一度もないが、車の運転とガンの使い方はうまいと認めていた。さもなければ、こんなイカれたやつに取り柄はひとつもない。
「すげえ美人だ、あんなとびきりの金髪が、こんなど田舎にくすぶってるわけがねえ」
「あの女を見れば、そんなことは言わなくなるだろうぜ」
 不意に平静になり痩せた男は変に糞真面目ないい方をした。その青白い病人じみた顔はいつもひくひくと不随意筋の痙攣に見舞われているのだった。
「そいつは確かなんだろうな?」
「こいつは金になる」
 ウィーゼルは相変わらず真面目腐った調子でいった。
「どうしようってんだ?」
「女を攫う。上院議員はいくらでも金を出すだろう」
「女はひとりか?」
 痩せっぽの奇妙な平静さが樽男にも伝染した。ウィーゼルは殺しの時も変に落ち着きはらって、余人には真似のできない凄惨なことを平然とやってのけるのだった。
「若いのがひとりついてる。ガキだ。わけはねえ」

 
 
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