夢の櫂こぎ どんぶらこ


田辺聖子

   和を以て貴しとなす

〈あ、ちょっと。……その下に、ウチの子、いるんですけど。すみません〉
 ときどき私は訪問客に注意することがある。リビングルームや応接間を問わず、ウチのソファや椅子にはいっぱいぬいぐるみや人形が置いてあるので、(もちろん、お客さまの座られる場所はあらかじめ空けてあるつもりだけど、クッションとまぎらわしかったり、お客さまがウチをはじめて訪れた緊張のあまり、何も目に入らなくなってしまわれることも多いらしい)つい、ぬいぐるみの上に、
〈どしん〉
 と座ってしまわれる。それで、〈あ、ちょっと……〉になる。
 ずっと前、司馬遼太郎さんがいらしたとき、市松人形(いちまサン)の男の子の上に座られた。例により、〈あ、ちょっと……〉というと、ビックリして飛びあがられた。
〈すみません。おしり痛くありませんでした?〉
〈いやいや。しかしこの子に申しわけない〉
 と目をぱちくりなさった。司馬サンの人生で市松人形の男の子の首根っ子などつまみあげて、しげしげとご覧になったことははじめてじゃないか。司馬サンはそのときのことを私の長編全集(文藝春秋刊)八巻の月報に書いて下さっている。
「この日、田辺家の長椅子にはすでに先客があった。つまり彼女の眷属の一人である市松人形の男の子がすわっていたのだが、逆上っている私はそれを尻に敷いて知らぬ顔でいた。彼女はやがて、大人の馬鹿っぽさがわかる十二、三の少女のような表情になって、
『そのお尻の下。──』
 と、小さな声で注意した」
 私の年少の女友達が来て、よくぬいぐるみの上に座ったりして、あわてて引き出す。〈どうしてこんなにたくさんいるんですかァ〉などという。でも何となく集まってきたのだ。そしてわが家へ来ると、自然に〈生きてしまった〉のだからしょうがない。
〈生きるって?〉
〈アンタ、仕事の場とか家庭で、とか、さ、腹の立つこと、くやしいこと、辛いこと、ぶちまける相手があればいいけど、あってもいえない場合もあるでしょ、そんなとき独りごといったり、独り舌打ちしたりしない?〉
〈むろん、ですわ。あたしシングルだからよけいです。くそう、殺してやるッなんて、いためものしながら、独りで罵ってますよ〉
〈物騒な子やね。──そういうときに聞いてくれるのがぬいぐるみなのよ。しかも、ぬいぐるみってヤツはあれでなかなかバカにならないところがあって、生意気にもちゃんと受けこたえして、こっちを慰めたりするから気がまぎれるねんよ〉
〈えっ、そんなァ。それはタナベサンの想像力の問題でしょ。誰だって出来ないと思いますわ〉
 違(ちゃ)う、違(ちゃ)う、と私はいいたい。ウチヘ来て、ウチの空気を吸ってるうちに、たちまちこの連中は生きて、てんでにしゃべり出す。
〈きっと誰でもそうだと思うわ。ぬいぐるみとやりとりしてごらん、面白いから〉
〈それって、自問自答でしょ〉
〈ふふ。違(ちゃ)うねん、“天に口なし、ぬいぐるみをして言わしむ”ってところがあるのよ〉
 私は女友達を煙に巻いてにんまりしたが、実のところ、ぬいぐるみと応酬していると、こっちがやっつけられることのほうが多い。

 
 
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