『いやよいやよも旅のうち』北大路公子 抱腹絶倒の旅エッセイが、いきなり文庫で登場!

『いやよいやよも旅のうち』北大路公子

内容紹介

ぐうたらエッセイスト、日本をいやいや旅してみた。

ビールとテレビさえあればいい。そんなぐうたらエッセイストが、いやいや日本全国を巡る旅に。札幌(地元)から那覇(遠い)まで、一道五県を舞台に、死ぬまでしたくないことに挑戦してみました。生まれて初めての犬ぞりにジェットコースター、青木ヶ原樹海探検に、パツパツの水着でシュノーケリング……果たしてキミコさんは無事に旅を終えられるのか。ご当地ネタも満載の、爆笑必至の旅日記。オリジナル文庫。

2020年4月17日発売
定価:本体660円+税
カバーデザイン:成見紀子
イラストレーション:丹下京子
ISBN:978-4-08-744106-2

  • 購入はこちらから
  • 試し読みはこちらから

著者紹介

北大路公子(きたおおじ・きみこ)

北海道札幌市生まれ。ネットで書いていた文章をまとめたエッセイ集『枕もとに靴 ああ無情の泥水日記』で2005年にデビュー。
各誌紙でエッセイや書評を執筆。

いやよ旅刊行記念

この旅のはじまりは、一体の埴輪──。
いや、一冊の傑作小説だった!?

「小説すばる」の『陸王』(池井戸潤著)特集に掲載された、伝説の名エッセイを特別にWEB再録!
『陸王』&『いやよ旅』とあわせて、ぜひお楽しみください。

文/北大路公子 イラスト/丹下京子

 あなたは地下足袋姿で、埴輪を作ったことがあるだろうか。私はある。今年の五月、埼玉県行田市の「さきたま古墳公園 行田市はにわの館」でのことである。小雨が降ったりやんだりの肌寒い日だった。小学校以来、数十年ぶりに粘土をこねながら、「いったいこれは何だろう……」と思っていた。いや、何かはわかっている。
『陸王』刊行記念「足袋は道づれ 行田ツアー『そらまめ』を探せ!」
 である。ツアー名、ダジャレである。

 私は連載中から『陸王』の熱心な読者であった。どれくらい熱心かというと、熱心が嵩じて読むのをやめようかと考えたくらい熱心であった。次号が待ち遠しすぎて、待つのが辛かったのである。待つことだけではない。読みながら「ああ、もうすぐ読み終わってしまう」と残りのページが気になるのも辛かった。そして、そんなに楽しんでいるのに、一ヶ月経つと前号のあらすじを微妙に忘れているのも辛かった。老化?
 それでも結局、私は最後まで『陸王』を読み続けた。目が離せなかった。小さな老舗足袋メーカー「こはぜ屋」が、まったく新しいコンセプトと素材で、ランニングシューズ界に挑む小説である。陸王とは、多くの人の夢が託されたそのシューズの名前であり、同時に、仕事にも人にも誠実に向き合うことで生まれる希望の象徴でもあるのだ。
 ストーリーはこうである。「挑戦! 再起! 特許! ソール! 資金繰り! ミッドフット着地! 毛塚! シルクレイ! ホモ・サピエンス! 挫折! 涙! アトランティスめー! アッパー素材! 足軽大将! 銀行めー!」。未読の方には意味不明だろうが、だいたい合っている。さらに短くまとめると「走れ!」である。
 そんな私の暑苦しい熱意が伝わったのか、『陸王』の単行本化に際し、連載担当編集者のHさんが声をかけてくれた。
「『陸王』の舞台となった行田で『そらまめ』を探しませんか」
 思いがけない話に驚く私。
「え、『陸王』って行田が舞台だったのですか?」
 いや、さんざん語っておいてなんですが、『陸王』の舞台が行田だったとは全然気づいていなかった。というか、正確には行田という地名にぴんと来ていなかった。北海道民の私には、津軽海峡の向こうは、全て霞がかかっていてよくわからないのである。
 しかし、だからこそ実際に行田を訪ねることに意義があるようにも思えた。まっさらな気持ちで『陸王』の世界を感じ、実体として立ち上がる『陸王』を味わうのだ。そう考えた私は、「そらまめ」探しを承諾した。そして五月のある朝、Hさんの待つ行田へ一人向かったのである。と言いたいところだが、一人で向かうと霞の中で電車を乗り間違えて天狗にさらわれてしまうので、担当編集者元祖K嬢と一緒に向かったのである。
 ちなみに「そらまめ」とは、小説の中に登場する居酒屋の名だ。悲しい時も嬉しい時もこはぜ屋の面々が杯を交わすそこは、読者にとっても心和む場所であり、その「そらまめ」とよく似た店を探す短い旅に出たのである。

 午前十時四十分、JR行田駅に到着。東京よりかなり肌寒い。電車を降りたとたん元祖K嬢が、「そらまめよりユニクロに行きたい(暖かい服を買いに)」と、挨拶代わりの問題発言をしていたが、それを聞き流してしまうほど、私の目は先に到着していたHさんの足下に釘付けだった。
「地下足袋……?」
 すてきな奥様風の出で立ちで、にこにこと私たちを迎え入れてくれたHさんの足下が、どう見ても地下足袋なのである。目の前の事態が飲み込めない。この人は地下足袋で東京からやって来たのだろうか、もしかすると東京のすてきな奥様界では、地下足袋がブームなのだろうか、ここは「あら奥様、とっても素敵な地下足袋ですこと。私もあと十歳若かったら履いてみたかったですわ。おほほ」と褒めるべきなのだろうかと戸惑っていると、Hさんが笑顔のまま、魔法のように新たな地下足袋を取り出した。

「はいこれ、北大路さんのです」
「……?」
「履き替えてください」
「……お、奥様でないのに?」
 どうやら奥様、関係ないらしい。言われるがまま、駅前のベンチで元祖K嬢ともども地下足袋(今回履いたものは、正確には祭り足袋というものだそうだ)に履き替える。色は紺色。こはぜ屋の陸王と同じ色である。
 人生初の地下足袋に足を入れ、爪先を馴染ませる。小説にもあるように、地面の感触が足の裏にダイレクトに伝わる。
 行田は足袋の町だ。かつては日本全国の足袋の八割を行田で製作していたと、『陸王』にも書いてあった。こはぜ屋も地下足袋をベースに、ランニングシューズの陸王を開発したのだ。
 なるほど、ここにきて、私もようやくHさんの意図が見えてきた。今回の旅は陸王の出発点である地下足袋で行田の町を巡り、「歩く」という視点から小説『陸王』を改めて捉えようというのだ。足で読む『陸王』だ。納得して立ち上がった私に、Hさんは言った。
「では今から」
「はい」
「埴輪を作ります」
「はいい?」
 もしかすると私、まっさらな気持ちで臨み過ぎたのだろうか。

 行田は足袋の町であるとともに、古墳の町でもある。ガイドブックによると、市内には「大小九基の古墳が集中する東日本最大の古墳群」があり、現在その周辺は「さきたま古墳公園」として整備されている。我々の最初の目的地は、公園内の「はにわの館」であった。指導員の手ほどきを受けながら、二時間ほどでオリジナル埴輪を作るという、工作好きにはたまらん館である。
 ただ今回は大きな問題が一つあって、それは私がまったく工作好きではないことである。好きではないというか、はっきりと苦手なのだ。手先が不器用で、絵から裁縫まで、何一つまともな物を作り出すことができないのだ。いわんや埴輪をや。
 正直、今すぐ逃げ帰りたかった。あるいは世に訴えたかった。
「小説の中に! 埴輪いっぺんも出てきてないですけど!」
 しかしこれも『陸王』のためである。たとえ埴輪が出てこなくても、『陸王』の刊行記念ツアーなのだから『陸王』のためなのである。
 私は覚悟を決め、粛々と粘土をこねた。それが冒頭のシーンである。「あなたは地下足袋姿で、埴輪を作ったことがありますか。私はあります、それは今」。心の中で何度も繰り返す。
 肝心の埴輪に関しては、Hさんは馬、元祖K嬢は猫を作るという。私は「人」に取り組むことにした。よく目にする「口をOの形にして腕をシェー! みたいにしているやつ」である。説明にも熱が入らない。
 一見、ややこしそうに思えるが、これが基本形らしく、指導員の方が目の前でお手本を見せてくれた。私の場合、下手にオリジナリティを出そうとすると大火傷をする恐れがあるため、指導員さんを真似るしかない。冒険はしないタイプなのである。
 そんな私でも作業を進めるうちに、埴輪作りの細かな工程がわかってきた。以下のとおりである。
 一、粘土をこねる
 二、それを紐状にして重ねていき、形を整える
 三、顔など細かい造形を調節する
 四、一ヶ月ほど乾燥させる
 五、窯で焼き上げる
 六、完成したものが編集部へ送られてくる
 七、それを写真に撮る
 八、誌面に載る
 九、私、赤っ恥
 後半の疾走感がすごい。載せるのかよ。知らなかった話ばかりがどんどん飛び出して、完全にミステリーツアーである。

 それにしても私の埴輪が、作れば作るほど埴輪っぽさを失っていくのはなぜか。顔がやけに長くて胴体も長くて頭も長くて、全体的に気色悪い。日本的「かわいい」の基本にある「丸っこさ」を完全に放棄している。Hさんの馬は当初はテーブルっぽかったが、だんだん馬になってきており、そしてその馬より私の埴輪の方が、なぜか断然馬面だ。元祖K嬢の猫はドラえもんの偽物みたいだったのが、今や昭和の子供が持っていた猫の貯金箱までになった。私のだけがいつまで経っても変だ。元祖K嬢には「気持ち悪い」と言われ続けている。
 せめて『陸王』っぽくしようと、ガッツポーズを取らせて襷を掛けたのが傷を広げたのだろうか。襷は駅伝を表現したのだが、よくよく考えると、『陸王』は駅伝よりもマラソン色が強い話だ。調子に乗って鉢巻を装着させた時には、「絵面として卑猥すぎて誌面に載せられません」と元祖K嬢の検閲が入った。慌てて鉢巻は外したが、しかし冒険しなかったはずなのに、気がつけば出来栄え的に一番大冒険である。胸が痛む。本当に掲載されるのだろうか。

 衝撃の埴輪作りを終えると、午後の一時。Hさんの引率のもと、近くの食堂に移動し、昼食の「フライ」を食べる。フライとは、水で溶いた小麦粉を鉄板に薄く広げ、豚肉や野菜や卵を加えて焼いた行田の名物料理である。食材はお好み焼きと思わせておいて、見た目クレープ、食感はもちもち白玉風という、不思議かつどこか懐かしい感じの食べ物である。しかも値段もお手頃。
 そのフライと焼きそば、それから景気づけに瓶ビールを一本注文し、三人で分け合った。我々の座るテーブルの横には座敷があり、小上がり席かと何気なく覗いたら、お店の人と思しきおじいさんが、思い切りくつろいでテレビを見ていて完全に茶の間であった。私も驚いたが、おじいさんも驚いたであろう。あの至近距離で我々と一度も目を合わせなかったところに、おじいさんの「客から茶の間を死守する」気持ちが滲み出ていて、本当に申し訳なかった。
 そんな私たちの足下を、となりのテーブルの男性が食事の間じゅう凝視していた。私の勘では、彼は「行田の足袋を履いてくれてありがとう。これは俺からのお礼の気持ちだ」とビールを奢ってくれる郷土愛の人である。そう思って待っていたのだが、残念ながら最後までその気配はなかった。単に地下足袋を履いた観光客が珍しかったのかもしれない。でもそんなに珍しいだろうか。珍しいよ。

 店を出た後は、タクシーで秩父鉄道の行田市駅へ向かう。ここは我々が到着したJR行田駅とは別の駅である。Hさんの事前調査によると、この行田市駅前の方が「賑やかで栄えている」とのことだったが、運転手さんに確認したところ、
「栄えては……いないよね……」
 と、思いがけない言葉が返ってきた。ではどこが栄えているのかと改めて問うと、
「栄えてる場所……は……ないなあ」
 と大変弱気である。そんなことでどうする! しっかりしろ! と後部座席から肩を揺さぶりたくなったのだが、そうして到着した行田市駅前は、確かにこうなんというか、非常に静かである。
「……平日の昼間だからね」
 誰からともなく呟きつつ、せっかくなので、ひとけのない駅前の地の利を活かして、地下足袋で駆けてみることにした。
「ミッドフット着地!」
「ホモ・サピエンスの走り!」
 人間本来の走りを謳う陸王を実感しようとするが、ふだん走る習慣がないので、正直どこがどう違うのかがよくわからない。というか、そもそもたった数歩でわかるはずがない気もする。あと陸王と地下足袋は本来まったく別物であることも思い出した。
 結局、「うむ、ミッドでフットな感じがなきにしもあらず」とお茶を濁し、何事もなかったかのように「足袋蔵まちづくりミュージアム」を見物、さらに商工センターへ寄って一休みである。
 商工センターも非常に静かであったが、貼られたポスターやチラシを精査した結果、休日には市内でさまざまなイベントが開かれ、ちゃんと賑わったり栄えたりしていることが確認できた。ほっと胸を撫で下ろしつつ、自販機のコーヒーを飲む。と、その時、Hさんからふいに「陸王クイズ」が出題された。前夜、二時までかかって考えたという、かなりマニアックな問題である。こんな感じだ。
「こはぜ屋の新規事業プロジェクトに協力してくれた、高校時代に長距離の有名選手だったという江幡の勤めている運送会社の名前はなんでしょう」
「タチバナラッセルが陸王のアッパー用に供給した布の編み方は?」
 私は当然全問正解を狙ったものの、十七問中十四問の正解に終わってしまった。『陸王』好きを公言しておきながらの不甲斐ない結果に、「はにわの館」で作った埴輪を読者プレゼントにしたいくらいの申し訳ない気持ちである。あの気色悪い埴輪を手元に置いておきたくないわけでは断じてない。一応、元祖K嬢に持ちかけてみると、「写真載せますからね、一通も応募が来ないかもしれませんよ」と満面の笑顔で言われてしまった。どうも元祖K嬢は私の埴輪に厳しい気がする。
 さて、ここから徒歩で「行田市郷土博物館」を目指すのだが、実はこのあたりから徐々に地下足袋による不都合が出来しはじめていた。冷えと痛みである。雨上がりの地面の冷気が足先を直撃し、さらに足袋特有の形状により指の間に痛みが出てきたのだ。冷えはともかく、痛みは歩きに直接影響する。
 仕方なく、ここで地下足袋を脱ぎ、靴に履き替えることとする。無念ではあるが、むろんこれは敗北ではない。なんとなれば陸王の試作第一号も、まったく同じ問題を抱えていたからである。自らの試走でそのことを実感したこはぜ屋の社長は、すぐにこう言った。「一般的なシューズ同様、先端は丸めたっていいんじゃないか」。
 丸めたっていいんじゃないか。
 実に柔軟性のある素晴らしい言葉ではないか。我々はその言葉を胸に、先端が丸められたふつうの靴に履き替えたのである。

 そうして向かった「行田市郷土博物館」。軽くなった足下とは裏腹に、私の心は少しずつ重くなっていった。なぜか。博物館は忍城本丸の跡地に建てられている。その忍城は言わずと知れた、小説および映画『のぼうの城』の舞台である。そして私は『のぼうの城』を観ていないのだ。今回、陸王愛だけを胸にやって来たが、市内のあちこちで映画のポスターを目にし、やはり基礎知識として必要だったかとドキドキしていたのである。
 案の定、館内にも映画のポスターがある。そして、常設展示の一つ「中世の行田」では、築城からまさに物語に登場する石田三成の水攻めに至るまでの歴史が詳しく解説されていた。
 それを熱心に見つめるHさんと元祖K嬢。二人の話に入っていけない私は、いたたまれなさに耐え切れず、ついに告白することにした。
「あの……」
「はい?」
「……実は私、『のぼうの城』観ていないんです」
「あ、私も」
「私もです」
「い?!」
 まさかの三人カミングアウト合戦。思えばポスターを前にした彼女たちの会話も、「これ映画の」「ああ、ほんとうだ」くらいのものであった気がする。いずれにせよカミングアウト後は、みな気楽な気持ちで「水攻めってどうやって?」「さあ」「ちんぷんかんぷん」などと率直な意見を交わすことができた。胸襟を開くことで見えるものもあるのである。
 また、「古代の行田」展では、発掘された埴輪を前に、「当時も不器用な人はいただろう、肩身の狭い思いをしながら、読者プレゼントも却下されたろう」と古代の仲間に同情し、さらに「足袋と行田」のコーナーでは、壁にずらりと展示された、かつての足袋製造会社の商標の中に、「みちづれ工業株式会社」の名を見つけて戦慄した。
 たびはみちづれ……。
 一ミリも進化しないダジャレに、底知れぬ恐ろしさを感じたのである。

 散策の最後は、水城公園まで足を延ばした。
 午後五時、雨はすっかりあがり、まだ陽の残る公園を三人でゆっくり歩く。北海道はまだ新緑もまばらな時期だったが、ここでは既に木々には葉が豊かに繁り、芝生も青く広がっている。散歩中の犬を見つけた元祖K嬢が、「犬だ、犬がいる」と嬉しげに近づいていく。とてものどかな公園だ。
 大きな池のほとりでは、地元のおじさんたちが数人、並んで釣り糸を垂れていた。その中にアオサギが一羽、まるで人のようにして紛れているのに遭遇する。
「うわあ! 鳥だ! 大きい! 鳥!」
 興奮気味の元祖K嬢を見て、おじさんの一人が釣った魚を空中に放り投げてくれた。それをめがけてバサバサと羽を広げるアオサギ。
「すごい! すごい!」

 元祖K嬢が手を叩かんばかりにして喜んでいる。彼女は私の埴輪には冷たいが、動物は好きなのだ。その池のそばのベンチでは、中学生と思しき子供たちが、なにやら楽しげにおしゃべりに興じている。犬が一匹、飼い主と一緒に水面を眺めている。あたりを見回すと、人と水と動物が自然に馴染んだ光景に、心が静まっていくのがわかった。
 そういえばここは『陸王』の中で、例の試作品第一号を履いた社長が、足の痛みに耐え切れず、ジョギングを断念する場所でもある。走っているうちに、最初の欠点が見つかり、そこから本格的な開発が始まる。つまり、ここはランニングシューズ陸王の出発点ともいえるのだ。
『陸王』によると、こはぜ屋はここ水城公園と「さきたま古墳公園にはさまれた場所」にある。我々が最初に訪れ、埴輪を作った公園である。私はそっとそちらの方を向いて、こはぜ屋に思いを馳せた。
「『陸王』のおかげで楽しい一日を過ごせました」
 こうして私たちは短い旅を終え、行田を後にしたのである。

 ……と言いたいところだが、覚えておいでだろうか、これが「そらまめ」探しの旅であったことを。私自身は行田を満喫したし、なんだか足も筋肉痛になってきたし、もう「そらまめ」いいかなあ、という気にちょっとなっていたのだが、もちろんそういうわけにはいかない。
 午後五時半、いよいよ本題の「そらまめ」探しに突入である。タクシーでまずは一軒目へ向かう。Hさんと元祖K嬢があたりをつけてくれていた店で、ここを皮切りに、その後は赤ちょうちんとネオンに誘われるまま、「そらまめ」を探して飲み歩くのである。
 到着したのは、居酒屋「ひょうたん」であった。こぢんまりとした落ち着いた佇まいの店である。縄のれんをくぐって店に入った瞬間に思った。
「そらまめ」見つけた、と。
 いや、ほんともう移動が面倒とか疲れたとかいうのではなく、店構えといい店内の調度品といい、小上がりとテーブルの位置といい、「そらまめ」そのものであったのだ。こはぜ屋の面々が今にも入ってきそうな雰囲気なのである。噓じゃないって。ほんと。ほんとほんと。
「もうここ、そらまめですよね」
「見つけちゃいましたかね」
 私と元祖K嬢が言い、Hさんもなんとなくではあるが、頷いている。そう、我々は『陸王』を思い、行田を一日歩き、最後にたどり着くべくしてこの店にたどり着いたのだ。ビールを頼み、ささやかな祝杯をあげた。
 ここが、「そらまめ」です。

(ちなみに原稿を書いている今、グーグルマップで調べたところによると、私が水城公園でこはぜ屋に思いを馳せて見つめた方角は、全然見当はずれであったことがわかったが、それはそれとして、みんな『陸王』面白いから読んでね)

初出:「小説すばる」2016年8月号

※作中に登場するお店や施設などは、取材当時のものです。
あらかじめご了承ください。

『陸王』池井戸潤

『陸王』が文庫になって好評発売中です!

  • 購入はこちら
  • 特設サイトはこちら