web 集英社文庫 トップページへ戻る
新刊情報 担当者からのオススメ! 今月の特集 コラム 今月のPOP アンケート 恋する四字熟語
恋する四字熟語
恋する四字熟語

上級篇 放歌高吟(ほうか・こうぎん)
意味:あたりかまわず大声で歌うこと。高吟放歌。

 わたしは、いつも酔っ払っていた。彼のボトルのバーボンを、水割りにしてジュースみたいに飲んだ。彼も酔っ払っていたはずだけれど、いつも酔っているから、シラフとどうちがうのか、わたしにはわからない。昼間会ったって、お酒を飲んでいた。
 わたしたちは、いつも歌っていた。音楽のかかるバーでリクエストをしたし、カラオケに行ったし、帰り道に歌った。彼はとても歌が上手かった。
 酔っていたから、わたしは夜道を大声で歌いながら歩いた。さっきまでカラオケで歌っていた今井美樹とか、CMソングとか、思いつく歌を何でも。彼は止めもせず、それほど大きくない声で一緒に歌った。道には誰もいなかった。繁華街でもない地元で、平日の午前二時や三時まで飲む社会人などいない。わたしはまだ学生だったけど、今となっては、彼が翌朝普通に会社に行って働いていたことが信じがたい。
 多いときで週に二度三度、彼はお酒を飲んで歌うためみたいにわたしと会った。わたしは会えればうれしかったし、会ったら会ったで飲むか歌うかするほかになかったのだ。深刻にならないように。話などしなくてすむように。夏はコンビニで花火を買い占め、冬はおでんや肉まんを食べ切れないほど買った。
 ある夜、新宿駅の丸の内線ホームで、さすがに少し小さな声で「ララララ……」と口ずさんだ。頭の中で流れていたスウィング・アウト・シスターの 『ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー』が聴こえるはずもないのに、横にいた彼が「アイラブユー」と続きを歌った。わたしは、とても幸せな気持ちになった。
 二度めの冬が来るころには、やっぱり話をするようになって、わたしは少し泣いてしまったりしたけれど、会えばいつも歌って笑っていた。幸せで楽しかったことしか、覚えていない。本当は、楽しいことなんて望んでいなくて、わたしはただ彼に会いたかっただけだとしても。

  3     次へ

Profile
佐藤真由美 Sato Mayumi
1973年新潟県生まれ。女性誌編集者として取材した、歌人・枡野浩一との出会いをきっかけに、短歌を作りはじめる。2002年、第一歌集『プライベート』上梓。歌集に『きっと恋のせい』(マーブルトロン)、その他、『恋する短歌 22 short love stories』『恋する歌音(カノン) こころに効く恋愛短歌50』など(以上すべて集英社文庫)。「小説すばる」にて発表している恋愛小説も好評で、さらなる注目を集めている。
ヨシタケシンスケ Yoshitake Shinsuke
1973年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。筑波大学大学院 芸術研究科総合造形コース修了。広告美術や依頼造形の仕事をするかたわら、独特の観察眼によって切り取った人間模様をスケッチして注目を集める。主な著書に『しかもフタが無い』(PARCO出版)、『やっぱり今日でした』(ソニー・マガジンズ)、『じゃあ君が好き』(主婦と生活社)など。
http://www.BIGART.gr.jp/members/yoshitake/
まえがき


初級篇 中級篇 上級篇 故事成語篇
このページのトップページへ