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恋する四字熟語
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初級篇 純真無垢(じゅんしん・むく)
意味: 心に汚れがなく、清らかなさま。
俗塵にまみれていない若者などを形容する語。
類義語: 純真可憐(じゅんしん・かれん)
一徹無垢(いってつ・むく)

 二十三歳のとき、五つ年下のボーイフレンドに失恋した。石川県から上京したばかりの大学生がわたしを泣かせるなんざ百年早い! と言いたいところだが、悲しかった。疑うことを知らないから嘘なんかつけなくて、一緒にいると自分までピュアな十八歳になったような気がしたものだ。電話で「毎日何もしてない」と言う彼に「何もしてない時間って大事だよ、そのときはわからないけど」と言ったのが、わたしを好きになった理由だと後で聞いて驚いた。そんなの、社会人なら誰でも言える。学生時代につきあっていた年上の男の気持ちがすごくわかった。
 交際期間は短かったが、別れた後、あまりの疲労にわたしは三日間くらい眠りこけた。それまで忙しい時間をやりくりして暇な学生並みに会っていたのと、すれっからしなのを忘れてピュアな恋愛などしたせいだ。
 別れ話がまとまった瞬間、思わず「疲れた……」とつぶやいたわたしに、彼は「ごめんな、今まで無理させて」と涙をこぼした。わたしの涙をあんなに優しく拭った人を、他に知らない。自分がわたしを泣かせていると思ったのだろう。恋も失恋もひとりで勝手にするものなのに。
「あなたも社会に出て仕事をしたら、わたしの気持ちがわかるわ」
 だから、四年後にまた会いましょう。当時読んだ恋愛小説にかぶれていたわたしは、純愛ノリのまま、四年後、恋人がいても結婚していても一緒にバリ島に行こうと約束をした。後で彼がくれた手紙には「絶対だからな」と書かれていた。
 真剣に好きだったけれど、しょせん十八歳男子の真剣とは違う。彼は永久に知らないけれど、当時わたしには、大学生を海でひっかける半年以上前からつきあっている人がいた。年上で、仕事が忙しいと言えばうるさいことは言われないから放っておいたのだ。失恋の傷を癒すためのひとり旅を計画していると、すっかり忘れて別れ話すらしていなかった男が、ちょうど出張があるからバリ島にしろと言う。部屋は別々にしてくれるならと同意した。しかしバリか、困ったな……。
 別れた後もこまごました用事(ってなんだろうね)で会うことがあり、近況報告として海外へ行くと言うと、「それって俺のせいなんだろ?」と暗い顔をする。
「どこに行くの」
 当然聞かれて、わたしは恐る恐る答えた。
「……インドネシア」
「それってマレーシアみたいなもの?」
「そう」
 今はもう彼も、バリ島がインドネシアにあるということを知っているだろうか。

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Profile
佐藤真由美 Sato Mayumi
1973年新潟県生まれ。女性誌編集者として取材した、歌人・枡野浩一との出会いをきっかけに、短歌を作りはじめる。2002年、第一歌集『プライベート』上梓。歌集に『きっと恋のせい』(マーブルトロン)、その他、『恋する短歌 22 short love stories』『恋する歌音(カノン) こころに効く恋愛短歌50』など(以上すべて集英社文庫)。「小説すばる」にて発表している恋愛小説も好評で、さらなる注目を集めている。
ヨシタケシンスケ Yoshitake Shinsuke
1973年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。筑波大学大学院 芸術研究科総合造形コース修了。広告美術や依頼造形の仕事をするかたわら、独特の観察眼によって切り取った人間模様をスケッチして注目を集める。主な著書に『しかもフタが無い』(PARCO出版)、『やっぱり今日でした』(ソニー・マガジンズ)、『じゃあ君が好き』(主婦と生活社)など。
http://www.BIGART.gr.jp/members/yoshitake/
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