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新刊情報 連載 図書室 担当者からのオススメ! 今月の特集 今月のPOP アンケート
図書室
 
高野秀行による、中島京子全小説作品紹介
 
『FUTON』
『FUTON』(講談社文庫)

 中島京子の記念すべきデビュー作。アメリカ人日本文学研究者が田山花袋の『蒲団』を主人公の妻の目線から「打ち直し」するという、まさに中島京子以外には誰も思いつかないし思いついても実行できない秘技が炸裂! 21世紀と明治、アメリカと日本、男と女、それぞれの視点がくるくると入れ替わる中島式視点転換のマジックとそこはかとないおかしみが充溢、デビュー作でどうしてこんなに完成度が高いのかそれが唯一の謎である。

 
『イトウの恋』
『イトウの恋』(講談社文庫)

 明治初期に日本の東北や北海道などを旅し、『日本奥地紀行』という本を書いたことで知られるイザベラ・バード。彼女の姿を日本人ガイド・イトウ(伊藤)の目からとらえたらどうなるか試みた中島さんはえらい! もちろんそこに浮かび上がるのは切ない恋。いっぽう、イトウの足跡を追う中学の郷土部の先生がバイオレンス女性漫画家と出会って、現代でもぎこちない恋愛が進行中……。ビロードのようになめらかな文章に圧倒される名品だ。

 
『さようなら、コタツ』
『さようなら、コタツ』(集英社文庫)

 いろいろな「部屋」をテーマにした短篇集。もし中島京子初心者なら本書の表題作「さようなら、コタツ」を読んでほしい。36歳独身、恋人なし歴15年の <由紀子> が誕生日に友達以上恋人未満の男を一人部屋で待つ様を描いたものなのだが、恋する者の滑稽な真剣さをこれだけ簡潔かつ豊かに描いた作家は他にいるだろうか。同性愛者の女の子とそれを知らない父親という"異種格闘技戦"を描いた「ハッピー・アニバーサリー」も必読。

 
『ツアー1989』
『ツアー1989』(集英社文庫)

 1989年に香港で行われたと言われる「迷子つきツアー」。参加者の一人が「消える」ことによって旅の印象を深めるという謎のツアーは実在したのか。消えた人間はどこへ行ってしまったのか。関係者の記憶はみな曖昧で、少しずつずれている。中国返還前のまだいかがわしさの残っていた香港と21世紀の日本を行き来するうちに、読者も不可解な記憶のミステリーに引きずり込まれる。中島京子にしては珍しく「不気味さ」のある作品。

 
『均ちゃんの失踪』
『均ちゃんの失踪』(講談社文庫)

 長篇、短篇のみならず、連作短篇も抜群にうまいことを中島京子は本書で証明してみせた。女性にだらしのない<均ちゃん>がふらりと旅に出ている間に泥棒が入り、彼と関係している三人の冴えない女性が警察署で一堂に会してしまう。なぜか一緒に温泉旅行などへ出かけてしまうダメ女子たちの行く末が笑える。筆頭ダメ女子である美術教師と定年間近の高木警部補の恋愛は中島京子ユーモア劇場屈指の名場面。これ、意外と男の夢でもある。

 
『桐畑家の縁談』
『桐畑家の縁談』(集英社文庫)

 日本語学校に勤めていたという中島さんの体験を取り入れた、二十代姉妹のユーモア恋愛譚。何と言っても魅力的なのは、妹の彼氏である台湾人留学生の<ウー・ミンゾン>。公園や神社に行くと「鳩が食べたい」「鯉が食べたい」と言い、能天気だが働き者で涙もろくて中華料理が上手。バードウォッチングが趣味の身長2メートルのアメリカ黒人男性<サミュエル・ジョンソン>にも笑った。中島さんの描く外国人はすごく身近で愛らしい。

 
『冠・婚・葬・祭』
『冠・婚・葬・祭』(ちくま文庫)

 人生の通過儀礼である「成人式」「結婚式」「葬式」「お盆」をそれぞれ題材にした四つの短篇。中でも<婚>の「この方と、この方」が突出して面白い。「結婚においてもっとも邪魔になるのは、本人の意志である」と結論づけそうになる見合いばあさん<マサ枝>、最後の(?)仕事はどうなるのか?! 「年寄りを書くと筆がのる」という中島さんだが、これを読むとよくわかる。若者の挫折を爽やかに描いた「空に、ディアボロを高く」も佳品。

 
『平成大家族』
『平成大家族』(集英社文庫)

 本書を読んで、私は中島京子がまた一歩、「国民的作家」に近づいたのを実感した。何も決断できない当主のもと、引きこもりの長男、甘ったれた娘、破産した婿、いじめにビビる孫、半分惚けた曾祖母と四世代が一つ屋根の下に集結するという、平成版の情けなくも笑える大家族物語。「介護保険」「ネットトレード」「最先端の葡萄農家」などディテイルの細かさ、リアルさは天下一品。長男<克郎>の恋愛ほか見所が多すぎて紹介しきれない。

 
『ハブテトル ハブテトラン』
『ハブテトル ハブテトラン』(ポプラ文庫)

 不登校に陥った小学生男子<大輔> が広島県にある母方の実家で一夏をすごし、一回り成長するという王道少年小説。「ハブテトル」とは備後弁で「すねている、むくれている」の意、「ハブテトラン」はその否定形と、題名からもわかるように、本書はぴちぴちとした備後弁を味わうのが醍醐味だ。都会っ子の大輔が傍若無人なじいさん <ハセガワさん>に男の道を叩き込まれ、土地の女の子<オザヒロ>と惹かれあうという物語も輝かしいほどに王道。

 
『エ/ン/ジ/ン』
『エ/ン/ジ/ン』(角川書店)

 70年代、ある人気特撮ヒーロー番組の敵役に「宇宙猿人ゴリ」というのがいた。姿形はゴリラで、高い理想と目的をもって強く生きているのに「宇宙の敵」と呼ばれて腹を立てているというシュールな悪役。そのシュールさをそのまま小説にしてしまった中島さんの突撃精神には敬意を表するしかない。これじゃ全然内容がわからないだろうが、紹介不能なのです。ちなみにエンジンは「厭人」の意味でもある。ってますますわからないか。

 
『女中譚』
『女中譚』(朝日新聞出版)

 林芙美子、吉屋信子、永井荷風という、著名な作家三名の女中に関する短篇を三つ選び、それを一人の女中の記憶として編み直した異色の長篇。私は元の話も読んでみた。例えば吉屋信子の「たまの話」は少女向けの可愛らしい話だが、中島さんの「すみの話」では途中から凄みのある大人の話にすり替わっている。その手さばきと当時の文体を再現する文章力には感服するしかない。永井荷風をモデルにした「文士のはなし」もしみじみ味わい深い。

 
『小さいおうち』
『小さいおうち』(文藝春秋)

 中島京子最新作にして新たな代表作。本書を受賞作にして直木賞の価値は上がったと私は勝手に思ったほどである。昭和10年代に、あるモダンな屋敷につとめた女中の回想録の形をとっているが、当時の風俗や生活ぶりを再現する能力には驚嘆した。文章は端正きわまり、何もこれといった事件が起きなくても全然納得……と思っていたら、実はすごい秘密が隠されていて、中島さんの読者を喜ばせようとする鬼のような執念には唸るばかりだ。

 
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