よみもの・連載

2019年 新春特別インタビュー 野口卓さん

聞き手・細谷正充さん

現代ものを時代ものに書き直して
ついに作家デビュー!

細谷
そこから創作ヘ、というお気持ちになったのはいつ頃ですか。
野口
編集者やゴーストライターなど、書く仕事はいろいろやりましたが、だんだん「自分で表現したい。自分が書くもので人に喜んでもらいたい」と思うようになって。それで43歳のとき、ラジオドラマを書いたんです。この経験は、のちに小説を書くうえでとても役立ちました。
細谷
具体的にはどういうことでしょうか。
野口
ラジオドラマには映像がないので、セリフや効果音、音楽で聴き手に楽しんでもらわなければならない。想像力だけに訴えるのは難しいからと、ついつい書きすぎてしまいそうになりますが、それだとドラマがうるさくなります。だからといって書き足りないと意味がわからない。つまり、何が必要で何が不必要かという、判断が大事なんです。聞き手の想像力を生かしつつ話をしていくという意味では、落語にも同じようなところがある気がします。ラジオドラマは2年間で7本書きましたが、その後ある劇団から「芝居を書いてみないか」と言われて。50代の初めは、台本の執筆や編集の仕事ですごく忙しかったですね。
細谷
1993年には一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞されていますが、そこから時代小説へはどんなきっかけで?
野口
「自分の創作で本を残したい」という気持ちが出てきたんです。それで現代ものの小説を書いて、仕事で付き合いのあった出版社3社に持っていったら、全社からきっぱりと丁重に「本にはできない」と断られました(笑)。その後、知り合いの伝手(つて)でもう1社に原稿を持っていったのですが、やっぱりダメ。ガックリ肩を落として帰ろうとしていたら、読んで下さった編集長から「野口さん、時代小説を書いてみませんか」と声をかけられたんです。向こうは気の毒に思っただけかもしれませんが、「これはチャンスだ!」と感じました。それですでに書いていたいくつかの短編を時代ものに書き直して見てもらい、助言をいただいて、さらに「ここまでやりましたか」と言われるくらい書き直した。それがデビュー作の『軍鶏侍』につながったんです。初め現代ものとして描いた短編を時代ものに書き直すことに抵抗がなかったのは、藤沢周平さんの作品を読んでいたおかげかもしれませんね。
細谷
『軍鶏侍』を読んだときは「とんでもない人が現れた!」と思いました(笑)。人生の達人というか、大人の目線で書かれていたので、安心して読めたんです。
野口
時代小説は読んでいるときは楽しいけれど、書くのは大変だとつくづく感じました。武家社会の仕組みとか、知らないことが多いので、毎回勉強しなければなりませんし。ただ、『軍鶏侍』で書いた軍鶏の様子、あれは実際に見ているんです。若い頃新宿に下宿していたのですが、そこの大家のじいさんが軍鶏を飼っていて。軍鶏や闘鶏に関する書籍もいろいろ読みましたが、実際に見た闘鶏や、じいさんから聞いた軍鶏の話より役に立ったものはなかった。物書きにとって実際に見たり聞いたりした経験は大きいと、実感しましたね。
細谷
確かに、そういうリアルな経験を持っていると強いですよね。私の子供の頃はまだご飯を釜で炊いたり、風呂を薪(まき)で沸かしたりしていた。だから時代小説にすっと入っていけるのかな、という気がしますし。
野口
今頃になって「もっと早く経験の大切さに気がついていれば」と思いますね(笑)。
プロフィール

野口卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、『軍鶏侍』で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九偽作旅』『大名絵師写楽』などがある。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。文芸評論家。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のちに独立。歴史時代小説やミステリーなどの作品を中心に、書評や解説を数多く執筆。何よりのモットーは「締め切りを守る!」。