よみもの・連載

2019年 新春特別インタビュー 野口卓さん

聞き手・細谷正充さん

よろず相談屋と将棋会所
主人公が二枚看板を挙げた理由

細谷
デビュー作から快進撃を続けている野口さんですが、昨年夏に集英社文庫から出された『なんてやつだ よろず相談屋繁盛記』もすぐに重版がかかったとか。解説は私が書かせていただきましたが、今までの作品とは雰囲気が変わってとても新鮮でした。主人公の信吾は江戸の老舗料理屋の跡取りですが、店を弟に継がせてよろず相談屋を開くと言い出す。その動機のひとつに、動物と話せるという彼の特別な能力が関係しています。デビュー作も動物が絡んだ話でしたが、もともと動物がお好きなんですか。
野口
好きですね。生き物で嫌いなのはゲジゲジやムカデぐらいで(笑)。私の父は銀行員でしたが、兼業農家だったので家でヤギや犬、猫、牛、鶏、鳩などを飼っていたし、中学では生物クラブに入って昆虫採集や小動物の飼育をしていました。私に信吾のような能力があるわけではありませんが、動物に接していると「人の考えていることがわかっているんじゃないか」と思うことがたびたびあるんです。たとえば、妻がパリに旅行に行く前、飼い猫の餌置き場の前に出発日と帰宅日を書いた紙を貼って、人に話すように猫に説明してから出かけた。そうしたら、帰宅する日は朝から猫がそわそわしていたんです。あれは「説明したのがわかっていた」としか思えませんでしたね(笑)。
細谷
私も猫を飼っていますが、帰宅するとどこからともなく現れる。見張っているんじゃないかと思いますよね(笑)。信吾の場合、動物の言っていることがわかるわけですが、そういう能力を頼りによろず相談屋を始めてもすぐに食べていくのは難しいだろうと、将棋会所の看板も出すことにします。ところがこのふたつの商売がなかなか始まらない。読むほうとしては、彼はまだ二十歳(はたち)と若いし、いったいどうなるんだろうという気持ちになりますね。
野口
そうですね。信吾は手探りで商売を始めようとしますが、私も同様だったかもしれません。『なんてやつだ』はよろず相談屋繁盛記シリーズの1作目ということで、「こんなふうに書いていったら楽しんでもらえるかな」と考えつつ、手探りで進めていったんです。だから1月に刊行されるシリーズ2作目『まさかまさか よろず相談屋繁盛記』で、やっと軌道に乗れたというか(笑)。ただ将棋会所には、武士や商人、近所の世話役など、いろいろな人が集まる。出入りの自由がある場なので、悩みを持った人も来るだろうし、そういう人たちの魅力を書いていけるのではと思っていました。

自分を解放して自由に書けた
よろず相談屋繁盛記シリーズ

細谷
私がすごいなと思ったのは、『なんてやつだ』の第二話「獲らぬ狸の」で、主人公が料理屋を継がないことを、父親が世話になっている人たちにお披露目したところです。何をやってもいいのが小説の主人公なのに、野口さんはそうはせずに、社会の一員としての筋を通させていますね。
野口
大きな商家だったら、主(あるじ)が要所要所をきっちりやりますからね。腕自慢のご隠居さんが将棋会所の場を提供したのも、そんな彼の家や信吾のことを理解してくれていたからではないか、と。
細谷
この男がいることで周囲が明るくなっていく。そういう感じの主人公ですね。
野口
私の小説には悪人が出てこないとよく言われますが、それは意図的にやっていることなんです。最近、やるべきことをきっちりやらずに自分の権利ばかり主張して、それをとがめられると頭ごなしに否定する人が増えている。特に、社会の上のほうのポジションに。そういう連中をたたく話を期待する読者もいるかもしれませんが、私は逆に小説の中では人間を全肯定してみるべきじゃないかと思いました。だから信吾は母親からも言われたように、敵を作らずに味方を作っていく。難しいことかもしれませんが、3歳のときに高熱を出してなんとか助かり、特別な能力を授かった彼は、自分は人とは違った生き方をすべきだと考えるんですね。
プロフィール

野口卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、『軍鶏侍』で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九偽作旅』『大名絵師写楽』などがある。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。文芸評論家。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のちに独立。歴史時代小説やミステリーなどの作品を中心に、書評や解説を数多く執筆。何よりのモットーは「締め切りを守る!」。