よみもの・連載

2019年 新春特別インタビュー 野口卓さん

聞き手・細谷正充さん

細谷
そんな信吾だから周囲にいろいろな人が集まってくる、と。
野口
そうです。たとえば巌哲和尚が信吾に武術を教え、護身用の鎖双棍(くさりそうこん)という武具を渡したのは、この若者が生き抜くために何とかしてやりたいと思ったから。嫌われ者の岡っ引も「案外いい面もあるじゃないか」と周囲が思うくらい、信吾の前では素の自分を出してくるし、子どもも女性もそしていろいろな生き物も、ちょっと不思議な雰囲気を持った彼のそばに寄ってくる。言ってみれば、人と人とをつなぐ触媒のような存在が信吾。もしかしたら、自分にないものを持っている人を書きたいという気持ちが、こういう人物像を生んだのかもしれませんね。
細谷
信吾に引き寄せられるようにさまざまな人物が登場しますが、『まさかまさか』の第二話「話して楽し」には、信吾はほとんど出てこない。間男の話がテーマで、大半が将棋会所に集まる人たちの雑談になっています。あの試みは面白いですね。
野口
人物スケッチのような話が一編入ってもいいんじゃないかなと考えたんです。人物紹介にもなるかな、と。
細谷
将棋会所という場所は、昔のイギリスのクラブみたいなものだなと思いました。
野口
そうですね。あそこに出入りする人たちは、将棋を指している間は身分と無関係。うまいとか、強いとか、そういうことだけです。だから、あの場では個々の魅力を自由に書けると思いました。ただ、いろいろな人物に間男のうんちくを語らせるのには難しさもあって。一方的に説明したり、知恵をひけらかしたりするのではなく、ワイワイガヤガヤという雰囲気になるように気をつけました。
細谷
そういう趣向やひと手間があるのが、よろず相談屋繁盛記シリーズの特徴ですね。たとえば『まさかまさか』の第一話「命あっての」では、ある武家から信吾へ寄せられた相談に「わたしの赤さん」という怪談が絡んでくる。なくてもいい話ですが、あのリアルな怪談が入っていることで面白さが増しています。
野口
担当編集者といろいろな雑談をするうちに「もっと自分を解放して書いてもいいんじゃないか」と思っていることに気がついたんです。だから、今までになく自由なシリーズになっています。初めて「書いていて楽しい」と思いましたね(笑)。ただ、大事にしているのは後味。ホラー風のものもあればファンタジー要素が入ったものもありますが、後味がいいものに、ということは心がけています。

遅いデビューだから書けた
大人が子どもを導く姿

細谷
よろず相談屋繁盛記シリーズは、実家を離れて新しい商売を始めた信吾がいかに成長していくかという物語になっています。彼以外にも、世話係として同居している小僧の常吉や将棋会所にやってくるハツという10歳の女の子など、成長が楽しみな人物がいますね。
野口
人の成長や教育に対する関心は、強いほうでしょうね。常吉は仕事の覚えが遅くて気がつくと居眠りしているような問題児でしたが、ハツが将棋を指しに来るようになって変わっていく。親が何を言っても嫌々という態度だった子が、あることに興味を持ったのをきっかけに他のことも意欲的にやるようになったという例は、よくあると思うんです。ちょっと変わった子がいても大目に見てあげて、興味を持ったことを徹底的にやらせたほうがいいというのが、私の考えですね。家は貧乏でしたが、私が読みたいと言った本は黙って買ってくれました。そのことでは両親に感謝しています。
プロフィール

野口卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、『軍鶏侍』で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九偽作旅』『大名絵師写楽』などがある。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。文芸評論家。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のちに独立。歴史時代小説やミステリーなどの作品を中心に、書評や解説を数多く執筆。何よりのモットーは「締め切りを守る!」。