よみもの・連載

2019年 新春特別インタビュー 野口卓さん

聞き手・細谷正充さん

人への想像力を培う読書が
今後ますます必要に

細谷
今年は元号が変わることもあって、年の初めの今は平成やそれ以前の時代を振り返るいい機会だと思います。野口さんはそのあたりについてどのようにお考えでしょうか。
野口
やはり、明治維新と第二次世界大戦敗戦の影響が日本では大きかったと思います。このふたつが世の中をどんでん返しみたいなことにした。つまり過去を全否定することで、次に進もうとしたんです。でも私は、見直す部分は見直すべきと考えていて。たとえば、明治維新をきっかけに西洋からいろいろな文化や技術が入ってきましたが、それが活かせたのは江戸時代に培ったベースがあったから。時代小説を書いていると、つくづくそれを感じますね。歴史を学ぶことはとても重要ですが、時代小説を読むことはそのひとつの方法になると思っています。
細谷
野口さんのお話をうかがっていると、今の日本への思いもいろいろおありになるのでは、と感じますが。
野口
あまりにも目まぐるしく世の中が変わり過ぎている、という危惧がありますね。変化を引っ張っているのは人間ですが、一方にはそれに対応できない人間がいますから。たとえば、田舎で商売をしているお年寄りがキャッシュレスに対応できるでしょうか。私は変化のスピードに振り切られてしまう人、網の目からこぼれ落ちてしまう人のことがすごく心配です。今の世の中を動かしている人たちには、知識はあってもそれを活かす知恵がない。スピードに流されることなく、もっとじっくり考えて、みんなで知恵を出し合う必要があるのではないでしょうか。
細谷
じっくり考える力をつけるためにも、本を読むことは大事ですね。時代小説にはある種のユートピアを描けるので、それを魅力に感じて夢中になる方も多いようです。
野口
そう思います。時代小説はもちろんですが、いろいろな本を若い頃から読んでいただきたいですね。本を読むと知識を得られるだけでなく、想像力がつく。想像力が欠けていると簡単に人を決めつけがちになって、非常に危険だと思うんです。
細谷
野口さんも登場人物をあまりこうだと決めつけていませんよね。本音と建て前があったり、同じ人でも相手によって見え方が変わってくる、という考えが伝わってきます。
野口
いくつになっても人は変化するもの、成長するものという思いがあるんですね。それに何事もこうだと決めつけて見ると、微妙な差異に目が向かわなくなる。たとえば、黒と白の間には灰色があるけれど、灰色にしても明度や彩度の違いで無数にバリエーションがあるわけです。なのに、黒と白にしか反応しないような人が増えている。微妙な人の心を想像できるようにするという意味でも、ますます読書が大事になってくると思いますね。

撮影/島袋智子 編集協力/山本圭子 撮影協力/九段下 寿白

プロフィール

野口卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第3回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、『軍鶏侍』で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九偽作旅』『大名絵師写楽』などがある。

細谷正充(ほそや・まさみつ) 1963年埼玉県生まれ。文芸評論家。書店勤務のかたわら書評などを手掛け、のちに独立。歴史時代小説やミステリーなどの作品を中心に、書評や解説を数多く執筆。何よりのモットーは「締め切りを守る!」。