よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

野口
組織のこと、歴史的なこと、さまざまな細部を本当に丁寧に書かれていて、よくこれだけ、と驚きながら拝読しています。そのなかで、ご自身が想像でつくった人物を動かされていらっしゃる。現実の世相、政争、人間関係などをきちんと踏まえているからこそ、この説得力があるんだなと思います。
上田
とんでもないです、説得力があるかどうかわからないのですけれど……私としてはサラリーマン小説、つまりは会社組織のなかで生きる人間について書いているつもりなんです。逆に私は、野口さんが書かれている人情物は、自分が書くにはまだ人生経験が浅すぎると感じておりまして。
野口
いや、人生経験が浅いだなんて、そんなことはないでしょう。
上田
いえ本当に……苦労したのは受験勉強くらいでして。歯科医院を開業して、後に小説を書きだしてデビューでき、しばらくして執筆一本に絞るようになってと、恵まれた状況のなかで生きてきたので。このまま人情物を書いたらきっと、人生の先達である方々に“底”を見抜かれると思うんですよ。もちろんいつかは挑戦してみたいんですけれど、そのときも、長屋の浪人物だったら既に書かれた先生方はたくさんいらっしゃるでしょう? すると、誰も手をつけていない隙間を探さなきゃいけない。その意味で「相談屋」という設定のこの世界は、野口さんならではのものだと思いながら拝読しているんです。若い男女を中心に据えると、恋愛模様が濃くなって人情味が薄れる場合もありそうですが、そこもとても上手に筆を運ばれていらっしゃいます。
江口
おっしゃる通りですね。また、今回の『風が吹く』では、子猿が相談に訪れます。信吾は動物と話すことができるという設定で、動物が自然に登場してくるのも、このシリーズの特徴ですね。
上田
実は剣豪も、神の声を聞いたとか、天狗(てんぐ)と会ったなどというわけですし、時代物ではまったく不思議ではないんですよね。そもそも時代物というのは、現代でいうところのファンタジー要素を含むところがあると思います。
野口
そうですね。私自身、動物はいろいろと飼ってきまして。喋ることはなくても、人がいっていることはかなりわかっているように思います。信吾の場合は、3日間の大病を患って蘇生した結果、動物の声が聞こえたり話ができたりするようになったという設定ですね。
上田
とはいいましても、動物を物語のなかに組み込むことに、難しさはありませんか?
野口
難しさというよりは、もっと動物の特性を生かせるようにしたい、とは考えています。これまでは犬やタヌキ、フクロウなどを登場させてきたんですが、猿を今回出したのは、もっと精神面で深く触れ合うような部分を出したかったから、ということがあります。これからも動物を書くときには、動物それぞれの特性をよく考えて書いていきたいですね。
上田
なるほど、動物と一言でいってもさまざまに違いがありますね。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長