よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
おふたりの文章に共通しているのは、「説明をいっぺんにしない」ということではないかと、拝読していて感じます。時代小説ですから、時代背景から部屋の様子までいろいろと説明は必要なのですが、それをチラッチラッと出していかれるので、読みすすめていくうちにだんだんわかってくる。その按配(あんばい)が素晴らしいな、と。
上田
たとえば将棋会所でしたら、何畳の広さで土間がなんぼで、と一気に書いていくことはできますが、それだと読者さんはうっとうしいと思うんですよね(笑)。頭のなかで立体的に想像するまでに、すごく負担がかかってしまう。難しいところですよね。野口さんの文章を拝見していて、私と同じパターンだなと思うのは、「説明に入る文章の最初に“動き”を入れている」ということなんです。
野口
単に説明になってしまうとつまらないですから、人の動きですとか、会話の動きといったもののなかで、自然に説明が伝わっていくように工夫しています。
上田
そういった動きのなかで、ここに柴折戸(しおりど)があって、柱があってというような説明が少しずつ入る。だからこそつっかかることなく、作品世界のなかにスッと入っていけるわけです。その説明をまとめて書いてしまうと、読者の方はそこを飛ばしてしまう。飛ばしてしまうと、後でそれを踏まえた描写が出てきたときに、わけがわからなくなってしまう。
野口
自分が読者の場合でも、説明が多い文章はちょっとかなわないな、と思いますから。そういうふうにならないようにしたい、とは心がけています。
上田
私がデビューしたときの編集者には、「7行以上の地の文はやめなさい」といわれたものでした。
江口
おふたりのもうひとつの共通点として、「お仕事小説」的な設定へのご関心、ということも挙げられると思います。読んで面白い職業の見つけ方というのは、どうされているのでしょうか。
上田
池波正太郎さんや司馬遼太郎さんをはじめ、既にさまざまな作家さんが、いろんな話を書いてこられています。今さら、単なる同心物や与力物ではどうしようもない。捕物帳も立派な作品がたくさんあって、それこそ火盗改なんて扱おうものなら、池波さんの『鬼平犯科帳』を相手にしなきゃいけなくなる。それはもう大変です(笑)。
野口
そうですね。よほど新しい何かがないと、とても書けませんね。
上田
そうしたところに入っていっても、とうてい勝てっこありませんから、デビュー作以降は「誰も書いてない職業は何かないかな」と探してきました。たとえば「奥右筆秘帳」シリーズは、『江戸幕府役職集成』という幕府の役をまとめた本をペラペラめくっていて、「奥右筆」という役職を見つけたのがきっかけでした。江戸城で書類決済にかかわる奥右筆は、字がうまいかわりに剣術はできないだろう、ならばもうひとり、剣客である人間をセットでくっつけよう……というように、時代小説の世界の隙間を縫うわけです(笑)。「勘定吟味役異聞」シリーズも同様ですね。あまり知られていないから、読者の皆さんと一緒に勉強するように説明も文章にしていく、という感じなんです。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長