よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

野口
私も60代半ばを過ぎて書きはじめるようになったとき、やはり独自のものを世に出さなければいけない、そのためには何をやればいいのか、と考えていきました。「相談屋」は、当時の時代にない仕事なんです。調べると、個人的な趣味の範囲でやっている人はいても、それをひとつの仕事として成立させている人は見つかりませんでした。そして、単に「ない仕事」を設定するだけではなく、その仕事を小説のなかで実現させようとしてあれこれ試すなかで、時代小説としても新しい何かを付け加えられるのではないか、とも考えたんです。具体的には、経験が浅い若造が相談屋をやっても簡単にはいかないだろうから、将棋会所を併設して、生活は成り立たせるようにする。相談屋という営み自体に無理があるのだから、そこで主人公の悩みや考え方もにじんでくるはず……。そうやって考えてもみない方向に動き出していけば、と。辻番の場合は、いかがですか?
上田
辻番という役職は耳にしたことがあったとしても、それをメインにして時代小説を書かれた方はいらっしゃらないだろう、と。じゃあいつの時代の辻番を書こうか、と考えるうちに、家光の時代、島原・天草の乱に引っかければ物事が大きくなっていくし、面白いかな、という発想でした。大風呂敷を広げるのは得意なんですが、畳むのは大変ですね。そろそろ風呂敷をチョキチョキとハサミで切っていかないと(笑)。
江口
いえ、そんなすぐに畳まずに、シリーズとしてどんどんつづけてください(笑)。おふたりの「奮闘記」をめぐる奮闘ぶりをうかがってきましたが、見渡してみれば世の中みんな、コロナ禍のなかで奮闘しているような状況だとも感じます。時代小説家の目からご覧になって、何かお考えになることはありますか。
上田
先だって講演会のご依頼をいただいた折、江戸時代のパンデミックについて、少し調べたことがありました。当時の公式記録に載っているだけでも、日本は40数回もパンデミックを起こしているんですよ。でも、大体は数カ月で収束している。日本社会に生きる人たちは、やっぱりすごく真面目なんでしょうし、衛生観念も高く、出歩くなといわれたら出歩かない。ですから、インフルエンザやコレラの感染が流行しても、国が亡ぶほどの被害は出ずに終わらせることができたんでしょうね。幕府の対応も興味深いんですよ。旗本は髪結職人と触れ合わないよう月代(さかやき)を剃(そ)らなくていいというし、役人も供の人数は半分に減らしていいという。登城しても、仕事が済んだらすぐに帰れ、下城時刻までいなくていい、と。あとは高麗人参(こうらいにんじん)。これで何とかしろということで、町中で配っているんですよね。
野口
各藩でも、普通は高麗人参なんて殿様しか使えないようなものなんですけれども、藩士から申請があれば許可して与えるんですよね。それが配下の心をとらえるということにもなるんでしょうけれども。
上田
ある意味で、今でいうところのワクチン普及のような発想なんでしょう。時代小説の世界は、こんなふうに「人間というのは、今も昔も変わらないな」と思っていただける楽しさがあると思います。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長