よみもの・連載

2022年新春対談 野口卓×上田秀人
奮闘記に奮闘する私たち

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

上田
私もプロットはまったく立てません。オープニングの1行だけは、シリーズでしたら前作のつづきから入るのか、まったく違うシーンから入るかなど考えて、絶対に決めますが。その1行を決めたら、あとはとにかく書いていく。プロットにはめちゃうと、それに従って書かなきゃいけなくなってしまって、窮屈なんですよね。
野口
よくわかります。
上田
野口さんのお話をうかがっていると、やっぱり書き方というのは変わってくるものなんだと思います。私も以前より量産できるようになってきましたし……当初は3年で2冊くらいでした。
野口
今ではずいぶんと書いていらっしゃいますよね。毎年10冊くらいですか?
上田
だいたい、年に12冊から13冊くらいですね。
野口
それはすごい! ご自身のなかで、何か大きな変化があったんでしょうか。
上田
“スイッチ”ができたんです。かつては歯医者をやりながら書いていましたから、当然時間が足りない。患者さんのキャンセルが入ったら、その間にも書いていました。とはいえ、「歯が痛いんです!」と急患の方が飛び込んでくると、江戸時代の話を書いていても対応しなきゃいけません。当初はなかなか切り替えができなかったんですが、いつしかパキーンと“スイッチ”が入って、切り替えられるようになりました。やがて歯科医を休業して執筆に専念するようにはなるんですが、最後の時期は、抜歯をする患者さんに麻酔を打ってから別の部屋でガーッと原稿を書いて、5分ぐらいたったら患者さんの様子を見て、まだ麻酔が効いてなかったらガーッと書いて、ということができるようになっていました。効いたとなったらパッと歯を抜き、止血してカルテを書いて、またバーッと小説を書く(笑)。そこから量産できるようになっていったんですよね。
江口
まるで小説のようなエピソードですね(笑)。今、そのスイッチはどうなっているんですか?
上田
歯医者をやめたら、スイッチはどこかにいってしまいました(笑)。困ったものですよ、だいたい1日13時間くらい書いていますから。家族からも馬鹿じゃないかといわれるんですけれど。やっぱり、読者の方を裏切ることはできない、その思いが強い。どこか怖いんですよね。締め切りに間に合わせるだけでなく、「前より面白かったね」といっていただかなければいけませんから。
野口
そうですね。以前書いたのと同じようなものを出してしまうと、質が落ちたと思われてしまう。だから1割でも2割でも、次は上にあがっていかないと、読者が離れていってしまうという恐怖はありますね。
上田
その恐怖感に絶えず追いかけられています。読者の方の要求というのは厳しいものですし、その読者の方々がいらっしゃるからこそ時代小説が存在できているわけですから。その意味で、新しい、若い世代の読者の方々へと、時代小説の裾野を広げていかなければいけない、ともよく考えるんです。私たちより下の世代の作家さんたちへと、読者をつないでいかないといけませんから。以前のようにテレビで時代劇をよく放送してもらえると、時代小説の背景や設定が普段から自然と伝わって、門戸が広がるのでありがたいのですが。
野口
そのあたりの知識が最低限伝わっていると、時代小説の世界にスッと入ってもらえますものね。
上田
そうなんです、その入り口としての役割は大きかったはずですから……。いや、他人任せではなく、私も作家として、自分で門戸を広げないといけないですね。
プロフィール

野口 卓(のぐち・たく) 1944年徳島県生まれ。立命館大学文学部中退。93年、一人芝居「風の民」で第三回菊池寛ドラマ賞を受賞。2011年、「軍鶏侍」で時代小説デビュー。同作で歴史時代作家クラブ新人賞を受賞。著書に『ご隠居さん』『手蹟指南所「薫風堂」』『一九戯作旅』『からくり写楽―蔦屋重三郎、最後の賭け―』などがある。

上田秀人(うえだ・ひでと) 1959年大阪府生まれ。大阪歯科大学卒業。97年第20回小説CLUB新人賞佳作を受賞しデビュー。以来、歴史知識を巧みに活かした時代小説、歴史小説を中心に執筆。2010年、『孤闘 立花宗茂』で第16回中山義秀文学賞、14年『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代小説作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。『勘定吟味役異聞』、『百万石の留守居役』ほか、人気シリーズ多数。

江口 洋 集英社文庫編集部部次長