連載
水晶庭園の少年たち
  蒼月海里 Kairi Aotsuki

 土蔵の窓から、うっすらと光が射している。
 高い開口部から射す一筋の光は、土蔵の中に仕舞われたもの達をぼんやりと浮かび上がらせていた。
 その姿は、まばゆい光の下で見るよりも淡く、不確かで、個々の境界と意味合いを曖昧にしていた。
 高い天井に張り巡らされた蜘蛛(くも)の巣は、キラキラと光る天蓋(てんがい)のようであったし、舞い散る細やかな埃(ほこり)は粉雪のようでもあった。そして、この静謐(せいひつ)な世界にひっそりと追いやられたもの達が眠る木箱は、さながら棺(ひつぎ)であった。
 その真ん中に、一人の男がうずくまっていた。
 男の手は、年齢を重ねて皺(しわ)だらけであったが、生命力は指先にまで溢(あふ)れていて、確かな存在感があった。
 その手は、桐で出来た棺を一つ一つ開けながら、眠っているもの達の様子をつぶさに確かめていた。
「ああ、懐かしい……」
 その中の一つを手にすると、男は思わずそう言った。
「出会ったのは、何十年前だっただろうか……。あの時は、お前を連れて帰るのに夢中で、他のことはすっかり頭から消えていた。今思えば、勿体無(もったいな)いことをしたし、すまないことをした」
 男は許しを請うように、深々と首を垂れる。
「どうしてあの時、お前の故郷を記録しておかなかったのだろう。私のせいで、お前はその価値を認めて貰えないどころか、故郷にすら帰れない。お前は――こんなにも美しいのに」
 男は深々と溜息を吐く。薄暗い土蔵の中で、それは鉛のように床を這(は)った。
 だが、そんな男の肩に、そっと触れるものがいた。
「いいんだ」
 男のすぐそばには、少年がいた。彼は、清流のように澄み渡った声で、こう言った。
「長い旅の果てに、君と会えたんだ。きっと、こうして君のそばに来ることが、僕の運命だったのだろう」
 少年は、包み込むように男の肩を抱く。その手は、慈愛に満ちていた。
「でも、一つだけ約束して。決して、僕を放棄しないこと。君が僕を手放したいと思ったら、どうか、僕を大切にしてくれる誰かに受け継いで。それが、僕を目覚めさせた君の責任だ」
 うずくまっていた男は、少年の声に呼応するかのように、静かに頷(うなず)いたのであった。



 
〈プロフィール〉
蒼月海里(あおつき・かいり)
1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。
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第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉