よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 生まれてからずっと一緒だったメノウは、或る日、永遠の眠りについた。
 それは、よく晴れた朝だった。メノウを囲んだ霜柱がキラキラとしていて綺麗で、朝日がメノウを天に迎えようとしているかのようだった。
 メノウは、年老いた秋田犬だった。楽しい時も悲しい時も、いつもそばにいてくれた。
 僕はメノウを連れて行かれるのが嫌で、お節介な朝日から隠そうと、メノウのお気に入りだったブランケットを思わずかけた。
 埋葬は、死者を弔うためだという。しかし、死者を天に連れて行かれるのを拒み、土の中に隠した人もいるのではないだろうか。
 生憎と、永眠したメノウは火葬され、骨はペット霊園に葬られることとなった。

 僕の住む世田谷に、今日も変わらぬ朝が来る。
 ベッドの横に置いた携帯端末が鳴った。
 一階にいる母からのメッセージだ。朝食が出来たけど、今日は学校に行けるのかという問いだ。僕は、まだ無理そうだと返信して、再び布団を頭から被った。
「メノウ……」
 起床時間になると、庭のメノウが決まって咆(ほ)えていた。その声を聞くだけで眠気が吹き飛ぶので、階段を駆け下りてメノウに会いに行ったものだ。
 だが、メノウが永遠の眠りについたあの日以来、僕は朝に目覚めることが出来なくなってしまった。冬の寒さと朝が来るのが遅い所為(せい)だと思ったけれど、そうではないらしい。
 頭はずっしりと重く、身体もだるくて熱っぽい。実際、体温計で熱を測ったところ、微熱があった。
 メノウがペット霊園に葬られて数日になるが、僕は病欠ということで中学校を休んでいた。
 布団の中に潜っていると、一階の慌ただしい物音が聞こえて来る。食器の音、日常的な会話、テレビの音、ドアを閉める音。父が会社に出勤し、母も家事を済ませてパートに行く。そうすると、家は静寂に包まれた。
 夜を待ち望んでいた夜行性の動物みたいに、僕は布団から這(は)い出る。暖められていない部屋の空気は、素足をひんやりと撫(な)でて行った。
 狭い階段を軋(きし)ませながら一階に下り、ダイニングの扉を開けると、僕の分の朝食が用意されていた。
 使い込まれたホワイトボードには、母の文字で『行って来ます。お昼ご飯は冷蔵庫の中。ちゃんと食べるように。早く元気になってね』と書かれていた。
「はぁい……」とホワイトボードに向かって返事をする。
 忙しい母に、ひと手間をかけさせてしまったという罪悪感を胸に、顔を洗うために洗面所へ向かう。一階には、少しだけ暖房のぬくもりが残っていた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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