よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 歩く度に、廊下がミシミシと軋む。
 父の実家であるこの家は古い。内装を一部リフォームしたものの、外見は歴史を感じさせる瓦屋根の日本家屋だし、骨組みは木造だ。近所には、そういう古い建物から、量産されたように同じ外見の新築までが混在していた。
 この家は、祖父が若い頃に建てたのだという。その祖父も、去年、老衰で亡くなってしまった。偏屈な趣味人で、僕が幼い頃に亡くなった祖母は、なかなか苦労したのだという。食事だって、僕達と一緒にとらずに、自分の部屋に籠って済ませていた。
 だけど、祖父の葬式には趣味仲間と思しき人達が来てくれたので、人望が無かったわけじゃない。きっと、普通の人より少し変わっていて、不器用だったのだろう。
 ふと、半開きになっている襖(ふすま)の向こうを見やる。畳がきっちりとしかれ、床の間があるのは祖父が使っていた部屋だ。
「すっかり、片付いちゃったなぁ……」
 祖父がいた頃、祖父の部屋は物で溢れていた。木彫りの像や動物の剥製、そして、石があった。両手で抱えてやっと持ち上げられるほどの大きさの石が、あちらこちらに飾られていた。
 祖父が部屋にいない時、僕はこっそりと忍び込んだことがある。小学校の頃で記憶はおぼろげだが、透明で大きな石にとても惹かれてしまったのだ。今まで祖父の部屋に置いてなかった石なので、余計に気になってしまったのかもしれない。
 その石がどんな感触なのか、硬いのか、意外と軟らかいのか、冷たいのか、実は温かいのかが知りたくて、手を伸ばしてみた。
 その時の、「こら!」とすっ飛んで来た祖父の顔が忘れられない。僕はその声に驚いて、慌てて手を引っ込めた。

「お前、そいつに悪戯をしようとしたな」と僕を見下ろす祖父に、「さわってみたかっただけだよ」と弱々しく答える。祖父はそこそこの年齢にもかかわらず、背筋がしゃんとしていて背が高く、眉間に刻まれた皺も相俟(あいま)って恐ろしかった。
「ふん、そうか。悪かったな」
 祖父はぶっきらぼうにそう言うと、僕をやんわりと大きな石のそばから離した。
「鉱物は、見た目以上に重いものや、脆(もろ)いものがある。お前にはまだ早い」
 早いと言われ、小さかった僕はしょんぼりとした。だけど、そんな僕に祖父は、棚の上に積み重なった木箱の中から、小さな石を取り出してくれた。
「ほら」と祖父は僕にその石を差し出す。
「くれてやるんじゃないぞ。持たせてやるだけだ。これならば、落としたくらいでは割れないし、お前が気になった石と同じようなものだ」
 祖父から石を受け取った僕は、「きれいだね」と言った。それは、優しげな赤と透明感のある白が、波紋のような縞模様を描いている石で、宝石なんじゃないかと思うほど綺麗に磨かれていた。思ったよりもずっしりとしていて、少しだけ冷たかった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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