よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「そいつは、瑪瑙だ」
「メノウ? うちの、犬の?」
「まあ、そうだな。あいつを拾った時、その石の名前を付けたんだ」
「どうして?」
「瑪瑙が好きだからだ。さて、もう満足したか?」
 祖父は、僕の手から瑪瑙をひょいと取り上げる。
「まあ、お前が中学校に入ったら、俺のコレクションを譲ってやってもいい。そのくらいになれば、難しい鉱物も扱えるだろう」
 祖父の眉間の皺が、少しだけ緩んだ気がする。あの時、微笑んでいたのだろうか。
 しかし、祖父は僕が中学生になる前に亡くなってしまった。結局、祖父から石のことを聞けず、石は家の庭にある土蔵へと押しやられることになってしまったのであった。

 祖父が使っていた部屋は、いずれは誰かが使うようになるのだろうか。
 そんなことを考えながら顔を洗い、寝間着から着替え、朝食を食べる。中学校に登校する時間はとっくに過ぎていたが、僕の足は玄関へと向かなかった。
 頭がぼんやりとしていて、外に出るのが億劫だった。
「メノウ……」
 ダイニングから、灰色の曇った空を見上げる。
 僕が悲しい気持ちになっていると、メノウは必ず「ワン!」と一声かけてくれた。尻尾を振って、つぶらな瞳でこちらを見つめ、「私がそばにいるよ」と励ましてくれているようだった。
 共働きで忙しい両親を見ていると、邪魔をしてはいけないと思って、自然と自己主張も出来なくなっていた。
 だから僕は、家でほとんど独りだった。そんな時、決まってメノウが声を掛けてくれた。「ワン!」と鳴いて尻尾を振り、「遊ぼう」と誘ってくれた。
 でも、メノウはもういない。
 主のいない小屋は、長年ほったらかしにされた廃墟のように、うら寂しい雰囲気をまとってそこに佇(たたず)んでいた。
 誰もいない小屋を、直視することは出来なかった。
 思わず目をそらした先には、どっしりとした土蔵があった。
「お祖父ちゃんの蔵か……」
 祖父の収集品は、全てそこにある。祖父が亡くなってから父が仕舞ったものも、僕が生まれる前から仕舞われていたものも。
 父が遺品の引き取り手を探して、少しずつ減らしてはいるものの、一向に片付く気配はないらしい。年末年始に近所で開催されるボロ市を見て、いっそのこと、ここで売れればとぼやいていたこともあった。
 高価なものがあるといけないからと父に禁じられていたので、中がどうなっているのかは知らなかった。そんな土蔵の中で、主がいなくなった物達は、どんな気持ちでいるのだろう。
 その時だった。土蔵の陰で、何かが動いたような気がしたのは。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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