よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「メノウ!」
 思わずガラス戸を開け、サンダルを適当につっかけて、転びそうになりながら駆け寄った。
 だが、土蔵の陰を覗(のぞ)いてみても、メノウの姿はない。それどころか、野良猫や小鳥すら見当たらなかった。僕の吐く白い息が、陽の下で揺らめいているだけだった。
「何をやっているんだ、僕は……」
 もう、メノウはいないのに。
 燃やされて灰になって、地中に埋められてしまったではないか。
「僕に黙っていなくなるなんて……あんまりだ……」
 亡くなったメノウの顔を思い出す。
 本当に、眠っているように、安らかだった。老衰の、大往生だと言われた。
 だけど、僕はメノウに挨拶が出来なかった。
 今まで有り難う。長い間お疲れさま。そして、さようなら、と。
 行き場のない別れの言葉を胸に、僕はその場にくずおれた。最早、両足に力が入らなかった。土蔵の扉に背中を預け、ずるずるとしゃがみ込んでしまう。
 だがその時、土蔵の中から、カタンと物音が聞こえた。
 メノウか、と思うものの、先程のように気のせいだと自分に言い聞かせる。
 きっと、土蔵の中にある収集品が、何かの拍子に落ちたのだろう。何せ、土蔵には鍵が掛かっているのだ。誰かが入れるわけがない。
 そう思いながら、手をかけてみる。鍵が掛かっているか確かめるように扉を引いてみた僕は、「あっ」と思わず声をあげてしまった。
「鍵が、開いてる……」
 手応えはなかった。僕にはそれほど力がないというのに、扉はいとも簡単に道を譲ってくれた。ギギィと扉が軋む音がする。湿っぽい埃のにおいが、ふわりと僕を通り過ぎて行った。
「誰か……いるの?」
 土蔵の中に声を掛けてみる。扉から射し込む外界の光は、入り口付近しか照らし出してくれなかった。
 木箱が積み重なっている様子は分かるけれど、それ以外は影になっていて、よく分からない。何かが日光を受けてキラリと光った気がするが、その正体は薄暗い闇に包まれていた。
 あれは、何だろう。
 ひどく興味を惹かれた。入ってはいけないと釘を刺されていたことは最早、どうでも良くなっていた。ひんやりとする土蔵に足を踏み入れ、照明はないだろうかと、手探りでスイッチを探す。
 すると、それらしきものはあった。少しばかり硬いそれをぱちんと押すと、土蔵の中がぱっと明るくなった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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