よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「僕は雫(しずく)。そう呼んでくれていいよ」
 彼は、必死に記憶の糸を手繰り寄せる僕に気付いてか、自ら名乗ってくれた。だが、その名前に心当たりはない。
「さあ、そこにお座りよ。この城の、未来の主」
 同じくらいの年とは思えないほど落ち着き払った様子で、彼は傍らにあった椅子を勧めてくれた。骨董品と思しき古びた椅子は埃が積もっていたが、雫が長い指先でそっと払ってくれた。
「あ、ありがとう」と僕は腰掛ける。
「君は……雫君は」
「雫、でいいよ」
「えっと、雫は、ここで何をしているんだい?」
「何をしているように見える?」
 質問で返されてしまった。
 彼の周囲には、綺麗に陳列されている骨董品と、秩序立てて置かれた木箱があるだけだ。
「お祖父ちゃんの、遺品の整理……とか?」
「ならば、僕はそれでいいよ」
「それでいいって……」
 雫は、とても静かに頷いただけだった。言葉を紡ぐ唇の動作の一つ一つが、芸術家の技巧が凝らされた絵のようで、本当に生きている人間なのだろうかと疑わしくなる。
 僕は、祖父の土蔵に仕舞われた絵画と話をしているのではないかという疑念すら浮かぶ。
「樹、君はどうしてここに? 今のこの城の主は、君ではないだろう?」
 雫は、不思議な言い回しで問う。
「それは……物音がしたから、つい」
「そう。達喜(たつき)の宝物に、興味があったからではないのだね」
 達喜とは、祖父の名前だ。
 どうして、僕と同じ中学生くらいの男の子が、祖父のことを呼び捨てにするのか。祖父とは、それほど仲が良かったのか。
「雫は、お祖父ちゃんの骨董収集仲間だったの?」
 こんな若いのに、そんな渋くてお金のかかる趣味に手を出すだろうか。
 でも、雫はとても落ち着いていて、雰囲気だけならば老人のようでもあった。そんな不思議な男の子ならば、中学生にして骨董趣味に目覚めていてもおかしくはないと思った。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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