よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 彫刻みたいに整った形の水晶。太陽の光で貴婦人のベールが剥がれてしまう、儚い紫水晶。そして、クリームソーダやグレープジュースを閉じ込めたような、蛍石。
 どれも、僕にとっては新鮮で仕方が無かった。
「あ、そう言えば……」
「どうしたんだい?」
 僕は、唐突に思い出した。確か、土蔵に足を踏み入れた時に、気になるものがあったのだ。
「ちょっと気になったものがあって。えっと、この辺りに……」
 棚に置かれた石を、一つ一つ見つめる。でも、どれもが、その時に感じた輝きとは違っていた。
 気のせいだったのだろうか。
 そう思って諦めかけたその時、雫の背後に、キラリと光るものを見つけた。
「あっ、それだ」
「ああ、日本式双晶(そうしょう)か」
 雫は、僕が見え易(やす)いように身体をどかしてくれる。そこには、両手で抱えてやっと持てるほどの、不思議な石が佇んでいた。
 胸から何かが溢れるような気がした。雫と出会った時に似ている、懐かしさだ。
 でも、今度はこの懐かしさの理由が分かった。これは、祖父の部屋に飾ってあった石だ。僕が気になって手を伸ばして、祖父に怒られたあの石だ。
 あの時はよく見れなかったので、新鮮な気持ちで石を見つめることが出来た。
 土台となる岩から、硝子のように透き通った尖塔が幾つも立っていた。その姿は、先ほど見せて貰った水晶と変わらない。しかしその中に、奇妙な形の石があった。
「ハート形の石だ……」
 透明なハートが、水晶の森の中からこちらを見つめていた。その佇まいは奥ゆかしく、少しばかり土の色が混じっているものの、どっしりとした存在感もあった。
「これ、日本式双晶っていうの?」
「そうだよ」
 僕の問いに、雫は頷く。
「不思議な名前の鉱物だね。水晶と一緒だけど、仲がいいのかな」
 僕がそう呟くと、雫はくすりと笑った。
「どうしたの?」
「すまないね。僕の説明が不親切だった。日本式双晶と呼ばれる水晶なんだ」
「えっ、水晶?」
 僕は、周りの尖塔のような水晶と、ハート形の日本式双晶を見比べる。確かに、両方とも透明だったけれど、形は全く違う。尖塔のような水晶は、柱のようにすらりとしているけれど、日本式双晶は板のように平坦だった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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