よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「この日本式双晶は、達喜が見つけたものでね」
「お祖父ちゃんが?」
「そう。山中を迷った末に、水晶の産地に辿(たど)り着いたんだ。そこで、この水晶を見つけた。その時は、とても興奮していてね。まさか、こんなに大きな結晶が――って」
 雫の目は、とても遠かった。だけど、その瞳はとても優しかった。
「それから、他の産地に赴いたり、戦争があったり、兎に角、慌ただしかった。そうしているうちに、この水晶の産地をすっかり忘れてしまったのさ」
「そう……だったんだ」
 祖父は戦争体験者だと、父が言っていたのを思い出す。戦後の貧しい生活についても、少しだけだが聞いていた。
「ここかもしれない、と見当はついていたようだけど、達喜は不確実な産地を記すのを嫌がっていたんだ」
「産地って、そんなに大事なものなの?」
 僕が尋ねると、雫は口を噤(つぐ)んだ。信じられないと言わんばかりの表情が浮かび上がるものの、彼はそれをすぐに掻き消した。
「樹は、草薙(くさなぎ)の家の子だ。そして、樹の帰る家はここにある。だから、樹は雨風を凌(しの)ぎ、安全な場所で休むことが出来る。――そうだね?」
「う、うん……」
 雫は、一つ一つを言い聞かせるように、丁寧に口にした。
「だけど、草薙の家の子だということが分からなくなってしまったら、どうだろう。樹自身が忘れ、樹の家族もそのことを忘れ、誰も樹を草薙の家の子だと証明出来なくなったら……」
「僕は、家に帰れなくなる……?」
 雨風を凌げなくなり、安全な場所で眠ることすらままならない。もし、警察か誰かに保護を頼んでも、僕が何処の家の人間なのかが分からなければ、途方に暮れてしまうだろう。
「もし、そうなったら困る。そうだろう?」
「うん。そうだね……」と僕は雫に頷いた。目の前の日本式双晶も、それと同じだということなのか。
「でも、鉱物は家に帰らなくても良いんじゃあ……。人間じゃなくて、物だし……」
 僕が遠慮がちにそう言うと、雫の表情は歪(ゆが)められた。
 瞼(まぶた)が伏せられ、睫毛が瞳を覆い隠す。その貌(かお)はひどく悲しげで、僕はとっさに謝った。
「ご、ごめんなさい!」
 勢いのままに頭を下げる。一体何に謝っているのかすら分からなかったけれど、僕の無神経な言葉が、雫を大いに傷つけてしまったことはハッキリと理解出来た。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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