よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「いいんだよ」
 雫は、僕の肩にそっと触れる。
「顔を上げて。樹が謝ることなんてない」
「でも……」
 促されるままに顔を上げると、そこには、相変わらず穏やかな笑みを湛(たた)えた雫の姿があった。
「樹に悪意が無いことは、伝わっているから」
 雫はそう言って念を押すと、話を続けた。
「でもね、鉱物はただの物じゃない。大地の恵みであり、地球の欠片(かけら)なんだ。地質によって、産出する鉱物は異なる。逆に、鉱物から地質を読み解くことも出来るんだよ」
 日本の地質と気候では産出し難い鉱物もあるのだという。また、その逆も然(しか)りなのだと、雫は付け足した。
「鉱物は、時として、鉱石として君達の生活に役立つ時もある。それもまた、地球から賜った恩恵の一つなんだ。その断片を記録し、保存して、後世に伝えることが、鉱物収集家の役割なんだ」
「地球の恩恵を、後世に伝える……」
「そう、達喜が言っていたよ。だから、達喜は産地を記録し損ねたことを、とても悔やんでいた」
 雫は、産地不明の日本式双晶を見つめ、物悲しそうに目を伏せた。
「産地の記録が無いと、後世には伝えられないの……?」
「そうだね。何処で採集されたかが分からなければ、標本としての価値は低くなってしまう。地質のサンプルではなく、ただの石も同然なのさ。そうなると、学術的な興味を持って集めている人間には、見向きもされなくなってしまうんだ」
 その鉱物が何なのかは、含有している成分を分析すれば分かるのだという。しかし、産地を分析する方法は、今のところ見つかっていない。
 なので、鉱物を採集した者が記録した、その石の産地情報を頼りにするしかないのである。
 僕はふと思い出す。ボロ市で、大きな石を売っていたことを。水晶だったか紫水晶だったか、確かではないけれど、透明感のある石だったのは覚えている。
 その石は、埃にまみれていた。磨けば綺麗になりそうだったけれど、誰もその石の前で足をとめなかった。値札はあったけれど、何処で採集されたのかは書かれていなかった気がする。
 あれは、そういうことだったのか。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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