よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「……見向きもされないのは、悲しいね」
「達喜も、そう言っていたよ」
 僕は膝を折り、目線を机の位置に合わせた。
 間近で見る標本は、見下ろしていた時とはまた違った迫力があった。
 無数にある水晶の塔の向こうに見える、大きな双晶。それは、地平線の向こうから上る月のようでいて、僕に何かを語りかけて来るかのようであった。
 祖父は、この水晶を見つけた時に、さぞ興奮したことだろう。この双晶がどれほど珍しいかを知らない僕ですら、見つめているとこんなにも胸が高鳴るのだから。
「ねえ、雫」
「なんだい?」
「僕は鉱物の収集家でもないし、鉱物の価値も分からない人間だけどさ」
「うん?」
「僕は、この日本式双晶、とても好きだよ。何処で採れたか分からなくても、他の結晶よりも少し土っぽくても、この石が一番いい。だって、何だか落ち着くんだ」
 こうして、水晶の塔に囲まれた双晶と、じっと見つめ合っていたい。ハート形の双晶は翼を広げているようにも見えるし、両腕を広げてくれているようにも見えて、包み込むような温かさを感じた。
「樹……」
 雫は微笑む。その笑顔はとても優しく、慈しみに溢れていて、それでいて、何処か切なかった。
「それはきっと、その子も喜ぶよ」
「そうだと、いいんだけど」
 雫が掛けてくれた言葉に、苦笑を返してしまう。
 だって、この双晶を産地不明にしてしまったのは、僕の祖父だから。本来だったら、この土蔵の中で眠っているような標本ではなかったかもしれないのに。
「おや?」
 雫は、唐突に土蔵の出口の方を見やる。
「誰か、草薙の家に来たようだね」
「えっ、本当?」
 チャイムの音や、呼び声などは聞こえなかった。
 とは言え、土蔵の中ならば仕方がない。雫は耳が良いものだ。もしかしたら、気配に敏感なのかもしれないが。
「家にいるのは僕だけだし、行かなくちゃ。えっと、その――」
 僕は、雫から渡された水晶の欠片と、蛍石を返そうとする。
 しかし、雫は首を横に振って、それを受け取らなかった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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