連載
水晶庭園の少年たち
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉 蒼月海里 Kairi Aotsuki

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 やって来たのは、クラスメートの学(まなぶ)だった。
 うちの制服であるブレザー姿で、中学生になってこっそり染めたダークブラウンの髪を弄(いじ)りながら、門の前で待っていた。
「よっ、樹」
 門を開けたのに気付くなり、ひょいと右手を挙げて挨拶をしてくれる。
「ごめんね、待たせて。どうしたの?」
「どうしたのって、今日の分のプリントを届けに来たんだよ」
「あれ、でも、まだ授業中じゃあ……」
 目を瞬かせる僕に、学は心底呆(あき)れたような顔をしていた。
「何言ってるんだ。寝てたのか? もう、午後の四時過ぎだぞ」
「ええっ」
 学が携帯端末のデジタル時計を見せてくれる。確かに、時刻は十六時を過ぎていた。
 冷静になって周囲を見ると、すっかり夕方のそれになっていた。庭木はオレンジ色に染まり、長い影を落としている。
「いつの間に、そんな時間に……」
「もしかして、ずっと寝てたのか? そんなに具合が悪いの?」
 学は心配そうに僕を見つめる。その様子に、チクリと胸が痛んだ。
「先生も、お前のことを心配してたぜ。身体が弱そうだし、って」
「そんなに、貧弱そうかな……」
「まあ、頑丈そうには見えないよな。薄幸の美少年って感じ? 小学校の頃から、ずっと色白でひょろひょろじゃないか。声変わりだって、まだだしさ」
 美少年という言葉に、僕には恐れ多いと思うと同時に、雫の姿を思い出す。
 色素の薄いほっそりとした佇まいは、温室で大切に育てられた百合の花のようだった。でも、花のような柔らかさはなく、何処か硬質で冷たさがある。その冷ややかな温度も、彼の性格的なものではなく、彼を構成する根本的なものなのだろう。それが、何なのかは分からないが。
 彼は、何者なのだろう。
 時折見せる、憂いを帯びた薄幸な表情は、見ているこちらまで胸を締め付けられそうになる。
 しかしそれは、身近なものが苦しんでいるのを見た時のそれとは少し異なり、映画や小説、もしくは絵画の世界を垣間見ているようで、やけに現実感が無かった。
 雫は、浮世離れし過ぎている。
 そんな彼は、今も土蔵の中で祖父の遺品の整理をしているのだろうか。



 
〈プロフィール〉
蒼月海里(あおつき・かいり)
1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。
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第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉
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