よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 もしも世界が終わってしまったら、こんな風になるのだろうか。動くものは全て化石となり、秩序あるものの中に封じられ、あとには音のない世界が広がっているだけなのだろうか。
 そんな僕は視界の隅に、動く影を見つけた。
「あっ……」
 振り向いた先にいた存在に、僕は思わず声をあげる。
「メノウ……!」
 巻いた尾の老犬が、そこに佇んでいた。まんまるな瞳をこちらに向けて、ぱたぱたと尻尾を振っていた。
「メノウ、どうしてここに……?」
「ワン!」
 メノウが一声咆える。ああ、この声だ。僕をいつも励ましてくれたのは。
 歩み寄る僕に、メノウは「ついて来い」と言うようにもう一声鳴いたかと思うと、踵(きびす)を返して歩き出す。丁度、僕が目指していた方向へ。
 僕は慌ててその後を追う。足元はごつごつとした水晶に覆われているのに、メノウはすいすいと歩いて行く。まるで、自分の庭のように。
「メノウ、待って!」
 かすれる声で叫ぶと、メノウはぴたりと足を止める。尻尾を振りながら、僕を待っていてくれた。
 へろへろになりながらメノウのもとまで歩いて行くと、その先は少し開けていた。メノウは尻尾を振りながら、そちらに向かって「ワンワン」と鳴く。
 そこには、折れた水晶が切り株のようになっていて、そこに、腰かけている人物がいた。
「お、お祖父ちゃん……!」
 そこにいたのは、祖父だった。相変わらず、年老いているのに背筋はしゃんとしていて、深い皺が刻まれた手も、大きくてしっかりとしていた。
 呼ばれた祖父は、僕の方に顔を向ける。僕は緊張して、つい目をそらしてしまった。
「お前、俺の土蔵に入ったようだな」
 祖父の声が鋭く突き刺さる。僕はこれでもかというほどに小さくなった。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「まあ、いい。あそこにいた連中も、退屈していただろう。お前の父親は、俺の趣味がさっぱり分からなかったようだが――」
 祖父は、眉間の皺を更に深く刻む。僕はもう、気が気ではない。しかし、次の瞬間、祖父は口角を少し吊り上げた。
「お前は少しでも分かってくれそうだ。あの、瑪瑙を見せた時にそう思った。お前ももう中学生だし、気に入ったものがあったら持って行け。壊れやすいやつもいるから、気を付けろよ」
「えっ、あ、ありがとう……!」
 祖父の目元が僅かに緩んでいる。笑ってくれているのだろうか。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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