よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「雫……?」
「残念だけど、幻想が君を包む時間は終わりだ」
 雫の、作り物のように美しい姿に、違和感を覚える。夜空が少しずつ明るくなり、太陽の光が水晶の世界を照らし始めて、僕はその正体に気付いた。
「雫、背中……」
 雫の背中から、水晶が生えていた。幾重にも荒々しく重なった透明な結晶は、まるで翼のようでもあった。
 周囲の水晶の柱が、彼の背面や側面を映し出す。彼から生えた水晶は、彼の背中を蝕(むしば)むように覆っていて、人間が水晶に侵食されているのか、それとも、水晶が人間の姿を装っているのか、分からなかった。
 太陽の光を帯びて輝く異形の姿から、僕は目が離せなかった。それはグロテスクでありながらも妖艶で美しく、僕の頭の奥は電撃を受けたように震えていた。
 そして、そんな有様なのに、雫は穏やかに佇んでいた。
「雫……」
 僕が手を伸ばした瞬間、僕の指先は硬くなり、指先の感覚が無くなって、そこから色を失い、透明になっていく。
 雫は、ぞっとするくらい整った唇を開いてこう言った。
「世界の主は夜から朝へと変わり、君が幻想を包む番になる。さあ、起きて――」
「雫――!」
 僕の指先から腕が、パキパキと音を立てて水晶へと変わる。腕から胸へ、そして、全身が水晶に包まれる頃には、世界は眩しい光に包まれて、あっという間に朝の中へと溶けて行ったのであった。

 目が覚めると、自分の部屋のベッドの上だった。時計を見ると、朝になっていた。
 体温計で熱を測ってみると、平熱だった。キッチンで朝食を用意している母親に、「学校に行く」と言うと、母はホッとしたような顔をしていた。
「よかった。熱はもう、下がったの?」
「うん」
「あんまり無理をするなよ」と先に朝食をとっていた父親が言う。
「大丈夫。心配ないよ」
 僕は微笑んでみせた。まだ胸は鉛のように重かったけれど、これ以上、心配させるわけにはいかない。
 僕は普段通りに朝食をとり、学校へと向かった。
 学校では、学が「俺が見舞いに行ったお陰で元気が出ただろ」といつものように軽口をくれて、クラスメートは「元気になって良かった」と喜んでくれて、先生は「具合が悪くなったら、早めに言え」と気遣ってくれた。
 数日前と変わらぬ教室で、変わらぬ授業風景だった。勉強はかなり進んでいたけれど、学が持って来てくれた宿題を毎日こなしていたので、あまり問題は無かった。
 時間の流れに身を任せていると、いつの間にか授業が終わり、放課後になっていた。
 学が「じゃあな。あったかくして寝ろよ!」と母親のようなことを言いながら部活に行くのを見送ると、僕は鞄を抱えて帰路についた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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