よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 雫は、静かな笑みを浮かべたまま、こう言った。
「樹がそう思うなら、それでもいいよ」
 また、曖昧な答えだ。それが彼の持ち味なのか、意図があってのことなのかが分からない。雫は僕を試そうとしているのだろうか。
 僕が真意を図りかねていると、雫は話を進めた。
「律君は熱心だし、博識だ。達喜の石を受け継ぐには相応(ふさわ)しいと思う」
「確かに、色んなことを知ってたよね」
 僕は、鞄を床に下ろしながら答えた。
「でも、君にだって権利があるんだ。彼の指導の下で、君も観察眼を養ってもいいかもしれない」
「それって、律さんから石のことを聞けってこと?」
「大丈夫。石については、信用に足りる人物だよ」
 石のこと以外も、信用出来そうだ。少し頼りなげで涙もろいところがあるけれど、話し易くて、ああいう兄がいたらとても楽しそうだ。
「鉱物収集を始めたら、メノウのことは忘れられるかな」
「どうして、メノウのことを忘れたいと思うんだい?」
 雫は僕と向き合う。その澄んだ瞳を直視することが出来ず、僕はうつむいてしまった。
「メノウのことを思い出す度に、ギュッと胸が締め付けられるから……。メノウと過ごした日々を振り返る度に、ああ、メノウはもういないんだって……」
 そして、僕がそうしていると、みんなが心配してしまう。みんなに、迷惑をかけてしまう。
「メノウという名前は、鉱物の瑪瑙から取っている。だから、石を見る度に、メノウのことを思い出すかもしれないよ」
 うつむく僕の肩に、雫の指先がそっと触れる。相変わらず、ひんやりとして硬かったけれど、その仕草は壊れ物に触れるかのように優しかった。
「じゃあ、どうすれば……」
「忘れる必要なんて、無いんだよ」
 その言葉に、僕は思わず顔をあげる。
「忘れる必要は……無い?」
「メノウは、いなくなったわけじゃないんだ」
 その言葉に、心が揺さぶられる。雫は、僕を見つめて微笑んだ。包み込むようなあたたかさは、慈愛だろうか。
「どういう……こと?」
「確かに、メノウと呼ばれる器は分解されてしまったかもしれない。だけど、無くなったわけではないんだ。メノウの欠片は散り散りになって、また、別の物になろうとしているんだよ」
「別の物に?」
「君の身体だって、鉱物で出来ているんだ」
 雫はそう言って、そばにあった木箱を開ける。その中から、「ああ、あった」と小さな紙の箱を取り出した。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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