よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「僕の身体が、鉱物……石で出来てるって?」
「燐灰石(アパタイト)。生き物の骨は、そう呼ばれる鉱物で出来ているんだ。燐灰石には様々な種類があって、その中の水酸燐灰石(ハイドロキシアパタイト)が、君達の身体が作り出せる鉱物なんだ。そしてこちらは、フッ素燐灰石(フローアパタイト)。こちらの方が少しだけ硬いかな。君達の身体も、フッ素を生成出来れば良かったのだけれど」
 手のひらに収まるほどの箱を開けると、黄色く透き通った石が入っていた。台座のような岩の上に、ちょこんと鎮座している姿は可愛らしい。
「水酸燐灰石の化学式は、Ca10(PO4)6(OH)2.それが、君の骨や、メノウの骨を構成していたものなんだ」
 雫は燐灰石の箱を机の上に置くと、今度は積み上がった本に手を伸ばした。その仕草に、迷いはない。土蔵の何処に何があるのかを完璧に知っているようだった。
「もし、鉱物を構成している化学式が分からない時は、これを使うといいよ。周期表が載っているから。これらは、万物を構成する最小の単位とされているんだ。君も石も、全ては化学式で表現出来る」
 雫がページをめくってくれると、そこには、化学式が載っている表が描かれていた。見慣れない文字の中から、何とか知っているものを見つけ出す。
「えっと、さっきの話だと、燐灰石にはカルシウムが含まれていて……」
 周期表というものを眺めながら、何とかそれだけは読み取る。
「そう。一番馴染みがあるのは、カルシウムかもしれないね。何も無いところから、骨は生成出来ない。君達は、骨を丈夫にするために、何を摂取するのかな?」
「牛乳を飲んだり、魚を食べたりしろって言われる。それって、牛乳や魚に含まれているカルシウムを摂取したら、自分の身体がそれをもとに燐灰石を作り出してくれるってことなのかな?」
「そう考えて貰っても間違っていないと思うよ。樹が飲んだ牛乳も、樹が食べた魚も、樹の中でカルシウムとして分解され、骨となって生き続けるんだ」
「この燐灰石にも、カルシウムが?」
 僕は、机の上に置かれた燐灰石を見つめる。ガラスで造られた工芸品のように美しいそれは、とてもではないけれど、生き物の骨と同じような物質とは思えない。
「この燐灰石を構成しているカルシウムは、元は生き物だったかもしれない。魚だったかもしれないし、動物だったかもしれないし、人間だったかもしれないね」
「それじゃあ――、燃やされて、灰になっても……」
「ああ。燃やされたものは、消えるわけじゃない」
 僕の言葉に、雫は頷いた。
「達喜が、どうしてメノウという名前を付けたのかを教えてあげる」
 雫は、土蔵の奥に仕舞われていた木箱を引きずり出す。ほっそりとした腕だけれど、その動作は力強かった。
 たくさん積まれた木箱の中でも、大切にひっそりと仕舞われたそれを、雫は注意深く開けた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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