よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「ここには、何が……?」
「達喜の収集物の中でも、特にお気に入りだった石が入っているんだ」
 木箱の中には、緩衝材で厳重に包まれたものが幾つか詰め込まれていた。それらに貼られたラベルを確認しつつ、雫はその中から一塊を取り出した。
「これを、開けてみて」
「いいの? お祖父ちゃんの……その、お気に入りなのに」
「いいんだよ。お気に入りだからこそ、君には見て貰いたいと思うんだ」
 雫の言葉には、不思議な説得力があった。まるで、雫自身が祖父であるかのように。
 緩衝材に包まれたのは、板状の石のようだった。それなりにずっしりとしているので、落として割らないようにと、慎重に緩衝材をほどいていく。
 じっくりと時間をかけて中身を取り出すと、それはスライスされた石だった。いびつな円形の石に、なめらかな縞模様が描かれている。裸電球の光に透かすと、縞模様が一層際立って、美しく見えた。
「これは、瑪瑙……?」
「そう。瑪瑙のスライスだよ。こちら側を上にしてごらん」
 雫に促されるままに、僕は瑪瑙のスライスをひっくり返してみる。そこで、「あっ」と思わず声をあげてしまった。
「メノウだ……!」
 なめらかな縞模様が、座っている犬の姿に見えた。尻尾の丸まったその姿は、まさしく、メノウのシルエットそのものだった。
 もういなくなってしまったと思っていた愛犬の――いや、家族の姿が、そこにあった。
 今もメノウが、その中からこちらを見守っているかのようであった。
「ワン!」と、瑪瑙のスライスの中から声が聞こえた気がする。「そばにいるよ」と励ましてくれているかのように。
「達喜はその瑪瑙を手に入れて以来、犬に名前を付けるならばメノウにしようと思っていたようだね」
「メノウは……ここにもいたんだね……」
「ああ」と雫は頷く。
「そこにもいるし、何処にでもいる」
 その確信に満ちた言葉は、僕の胸にじんわりと広がる。
「メノウの器は燃焼によって分解され、一部は灰となり、一部は煙に乗って空へと運ばれて行ったんだ。それはいつしか雨になり、地上に降り注ぐ。そして、大地に恵みをもたらして、木々や草花が芽吹き、君達の糧になるんだ」
「じゃあメノウは、どうやっても手の届かないところに、行ってしまったわけじゃないんだ……」
「そう。確かに、もう一緒に走ったり遊んだりは出来ないかもしれないけれど、ちゃんと、そばにいるんだ。瑪瑙は石英の一種であり、石英はありふれた鉱物。その辺の土や砂の中にだって含まれている。メノウは、そんな名前を持つ子なんだよ」
 雫の言葉に、じんわりと涙が溢れて来た。次から次へと、温かい涙が頬を伝って床を濡らす。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

Back number