よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 喪失感なら、祖父がいなくなった時にとっくに味わっていた。でも、それを紛らわせるために、メノウに依存してしまった。そしていよいよメノウがいなくなり、僕はどうしたらいいか分からなくなってしまった。それなのに、周囲を心配させたくないがために、無理矢理思い出に蓋(ふた)をしようとしていた。
 けれど、形が変わってもそばにいるのならば、話は別だ。
「な、なんだか……」
「まだ、悲しいかい?」
 見守るように問いかける雫に、僕は首を横に振った。
「ううん。安心した……かも」
「そうかい」
 雫は嬉しそうに微笑んだ。
「メノウと呼ばれる身体は失われ、あちらこちらに散らばって旅をして、いずれ別の誰かや何かになってしまう。でも、君がメノウのことを覚えていることで、メノウという存在は君の中で生き続けるのではないかな」
「メノウという存在が存続するか失われるかは、遺(のこ)されたもの次第ということ?」
「ああ、そういうことさ」と雫は頷く。
「とは言え、人は形にこだわるものだ。心許(こころもと)なければ、その瑪瑙スライスをお守りにするといい」
 瑪瑙スライスの中から、メノウがじっとこちらを見ている。優しく、見守るような眼差しで。
「だったら、気持ちをしっかり持たなくちゃ……」
 僕がこんなに泣いていたら、メノウに心配されてしまうだろうか。僕が泣いている時、メノウは決まって顔を覗き込み、慰めるように頬をなめてくれたっけ。
 でも、メノウにはもう、それが出来る器はない。だから、自分の涙は自分で拭わなくては。
「……それじゃあ、お祖父ちゃんも」
「ああ。達喜もそうだね。――彼は、想いもここに遺している」
 雫は遺品をぐるりと見渡す。この祖父が生涯をかけて集めた品々が、祖父の想いそのものということか。
「そっか。まだ、お祖父ちゃんと話すことは出来るんだ……」
「達喜のメッセージを読み解く手伝いは、僕がしよう」
 雫の言葉に、「ありがとう」と僕は微笑む。久しぶりに、心の底から笑えた気がする。
 何処からともなく、「ワン!」と元気な声が聞こえる。瑪瑙スライスの中に浮かび上がったメノウのシルエットが、嬉しそうに尻尾を振ったような気がしたのであった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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