連載
水晶庭園の少年たち
第二話 薔薇の誘い〈前〉 蒼月海里 Kairi Aotsuki

 冬が深まり、街中ではクリスマスソングが流れるようになった。
 角度の浅い太陽から降り注ぐ日差しは、それでも授業中の教室を照らし、僕達にぬくもりを届けてくれていた。
 そんな中、僕の右斜め前に座っている学(まなぶ)は、背中を丸めて項垂(うなだ)れていた。
 彼の向こうに教卓があり、先生がいるので、どうしても学の様子が視界に入る。最初は居眠りをしていたのかと思ったけれど、そうではないらしい。
 そうしているうちに、一限目終了のチャイムが鳴り、先生が教室を後にする。クラスメートは一斉に立ち上がり、各々の友人のもとへお喋りをしに行った。
「学」
 僕も学の席へ向かう。
「どうしたの? 元気がないようだけど」
「ああ……」
 学の虚(うつ)ろな目に、ぎょっとした。
 部活動が朝早いので、眠そうな目をしていることはあったけれど、覇気どころか生気すら感じない目をしていることは初めてかもしれない。
「具合……悪いの?」
 僕はたじろぎながらも問う。すると、学は首を横に振った。
「いいや。身体はいたって元気」
「じゃあ、心は?」
「心ねぇ。何処(どこ)かを旅してるんじゃねぇかな」
 学は窓の外を見やる。木枯らしに運ばれた木の葉が、空高くへと消えて行った。
 確かに、心ここにあらずと言わんばかりだ。
「何か……あったの? その、僕で良ければ、話を聞かせて貰えればと思うけど……」
 遠慮がちに尋ねると、学は深い溜息を吐(つ)いた。
「恋が……」
「恋?」
「恋が、終わっちまったんだ」
 僕は思わず絶句して、学の視線の先を追う。
 すると、隣のクラスの女子が体育の授業の準備をしていた。体操服姿で集まる女子たちに向けて、学の視線が注がれている。しかし、それは熱を孕(はら)んではいなかった。
 すっかり冷えてしまっているものの、その瞳は、甘酸っぱさの名残を追うように見開かれている。そうすることで、余計に冷えて、乾いてしまいそうなのに。

 



 
〈プロフィール〉
蒼月海里(あおつき・かいり)
1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。
Back number
第三話 水晶の絆〈後〉(最終回)
第三話 水晶の絆〈前〉
第二話 薔薇の誘い〈後〉
第二話 薔薇の誘い〈前〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉