連載
水晶庭園の少年たち
第二話 薔薇の誘い〈後〉 蒼月海里 Kairi Aotsuki

***

  僕は家の門をくぐるなり、自宅ではなく土蔵に向かった。
「雫、いるかい?」
 そっと土蔵の扉を開け、照明を点けてみる。
「いるよ」という優しげな声とともに、雫の姿が裸電球の下に現れる。
 さも当然のようにそこにいる雫が、妙にしっくり来ていた。本当に雫は何者なのだろうという疑問が募るけれど、それを尋ねたら、雫が消えてしまいそうな気がしてならなかった。
「樹、どうだった?」
 雫に問いかけられ、ハッとする。
「律さんに色々教えて貰った。主に、石の買い方とか。会場も、思ったより広くてさ。独りで行ったら、どう回って良いのか分からなくなってたと思う」
「そう。楽しんで来たようで、何よりだよ」
「えへへ……。実りが多い一日でした」
 僕ははにかみつつ、勧められた椅子の上に腰を下ろす。土蔵にある骨董品の椅子は、すっかり僕の特等席になってしまった。
「どの子を、連れて帰ったんだい?」
 雫は、僕のボディバッグを見やる。僕は促されるように、机の上にバッグを置いた。
「ハーキマー・ダイヤモンド。綺麗だったし、僕の予算で買えそうだったから」
 ボディバッグの奥深くから小袋を取り出し、小さな結晶を手に載せてみる。裸電球の光で、それは優しく煌めいた。
「おや、パキスタンから来た子だね。正確には、ハーキマー・ダイヤモンドタイプの両錘水晶かな。結晶も整っていて、綺麗な子だ」
 雫は顔を綻ばせてそう言った。
 僕が褒められたわけではないのに、妙に照れくさく、妙に誇らしくなってしまう。
「ふむ。オイルが入っているみたいだね。ブラックライトで照らすと、光るかもしれない」
 雫は僕の方を見つめる。
 雫の瞳も、ハーキマー・ダイヤモンドのように煌めいていて、その美しさに思わず息をのんでしまう。
 でも、今は見とれている場合ではない。雫の目は、僕にブラックライトを出すよう促していた。



 
〈プロフィール〉
蒼月海里(あおつき・かいり)
1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。
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第三話 水晶の絆〈後〉(最終回)
第三話 水晶の絆〈前〉
第二話 薔薇の誘い〈後〉
第二話 薔薇の誘い〈前〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉