連載
水晶庭園の少年たち
第三話 水晶の絆〈前〉 蒼月海里 Kairi Aotsuki

 石に宿る精霊。
 あの砂漠の薔薇の化身は、自分のことをそう言っていた。
「石精(いしせい)と縁がある人間が、近くにいたからかも……って言ってたけど」
 自分の部屋の机の上に突っ伏して、オイル入りの両錘(りょうすい)水晶を指先で弄(もてあそ)ぶ。水晶(クオーツ)は安定している石なので、素手で触っても水洗いをしても大丈夫だと律(りつ)さんは言っていた。
 でも、中には触ってはいけない石も、水洗いをしたら溶けてしまう石もあるそうだ。
 鉱物と一言で言っても、色々な種類があって、色々な特性を持っている。それこそ、人間の個性のように。
「もう少し、鉱物のことについて知らないと」
 いつまでも、他人に聞いてばかりではいけない。知りたいことは沢山あるのだから、自分で調べなくては。
 もし、鉱物に詳しくなったら、石精のことも少しは分かるだろうか。でも、妖怪とか妖精のようなものだと言っていたし、オカルト的なことにも詳しくならなくてはいけないのだろうか。
「雫(しずく)は……何者なんだろう」
 いつも土蔵にいる、あの不思議な男の子の正体は一体何なのか。
 雫は律さんの話をするけれど、律さんは雫の話をしない。雫に会う時、僕は必ず土蔵の照明を点けている。そして、雫は時折、僕よりずっと長生きしているように振る舞う。
「やっぱり、雫は――」
 石精なんだろうか。
 砂漠の薔薇の子の話と、雫の様子を見る限りでは、そうとしか思えない。それに、雫から醸し出される透明感は、まさしく水晶ではないだろうか。雫が石精だとしたら、今まで抱いていた違和感も拭えてしまう。
 でも、それを受け入れることが出来なかった。
 石精なるものが存在していることに驚き、疑いはしたものの、その存在を目の前で見せつけられてしまったのだから受け入れるしかない。
 僕が受け入れられないのは、雫が不思議な存在だということだった。不思議な存在だと気付いてしまったと雫に告げたら、雫はどういう顔をするだろうか。
 あの穏やかな笑顔で、「そうだよ」と頷(うなず)いてくれるだろうか。今まで通り振る舞ってくれるだろうか。
 だけど、もし、雫が正体を知られたくなかったとしたらどうだろう。雫は自分から正体を明かさなかったし、その可能性はあるかもしれない。
 もし、雫が僕の前から消えてしまったら――。
 そう思った瞬間、心臓がぎゅっと縮まった。胃が締め付けられるように痛み、水晶に触れていた指先に、汗がじっとりと滲(にじ)む。
「もう、置いて行かれるのは嫌だな……」
 祖父がいなくなり、メノウがいなくなり、雫までいなくなってしまったら。
 僕は、小さな水晶を手のひらの上に乗せると、すがるようにきゅっと握りしめたのであった。



 
〈プロフィール〉
蒼月海里(あおつき・かいり)
1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。
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第三話 水晶の絆〈後〉(最終回)
第三話 水晶の絆〈前〉
第二話 薔薇の誘い〈後〉
第二話 薔薇の誘い〈前〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈後〉
第一話 瑪瑙(めのう)の喪失〈前〉