よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第四話 蛍石の愁い〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 祖父が遺(のこ)した土蔵には、煌(きら)めく石達が所狭しと詰まっていて、まるで宝石箱のようだった。中には、本当に宝石の原石になる鉱物もあるようなので、あながち、間違いでもなさそうだ。
 そんな美しい石達の中に、ひときわ輝く不思議な石があった。
 日本式双晶(そうしょう)と呼ばれる水晶だ。水晶というと、六角柱でオベリスクの尖塔(せんとう)のような姿をしているのが一般的だけど、日本式双晶は、ハート形になった双子の水晶だった。
 抱えるほど大きな日本式双晶は、向こう側の風景が透けて見えるくらい美しかったけれど、祖父の後悔の証(あかし)でもあった。
「樹(いつき)、ラベルが落ちたよ」
 輝くような銀の髪をした綺麗(きれい)な男の子――雫(しずく)が、細い人差し指を床に向ける。
「あっ、いけない……!」
「その石が何の鉱物で、何処(どこ)で採(と)れたのかを示すラベルが無いと、迷子になってしまうから」
 雫の実感がこもった言葉を聞きながら、僕はラベルを拾った。
 ラベルには、鉱物の情報が書いてある。どっしりとした祖父の文字で、鉱物名と、鉱物を採取した場所と、採取した日付が記されていた。
 この情報が無いと、鉱物は標本としての価値が無くなってしまう。人間で言うと、家があるはずなのに住所が分からず、誰の家族なのかも分からない状態だ。
「迷子にするわけにはいかないね」
「その通りだね。標本の整理をしている時に、ラベルが何処かに紛れることもあるようでね。達喜(たつき)は整理を終えた後、必ず何度か確認していたよ」
 僕と同じくらいの年齢に見える雫は、昔を懐かしむような表情で、祖父との思い出を語った。
 彼の背後には、抱えるほどの大きさの日本式双晶が佇(たたず)んでいた。僕の目の前にいる、この不思議な友人は、この日本式双晶に宿る精霊――石精(いしせい)だという。
 困ったことに、彼の本体である日本式双晶にはラベルが無かった。祖父が産地を記録しそびれてしまい、そのまま産地不明となってしまった。
 つまり、雫は自分の故郷が分からないのだ。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

Back number