よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第四話 蛍石の愁い〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「田上山……? あ、本当だ。滋賀県で採れたんだ……」
 僕はラベルに書かれていた産地を見て、目を瞬かせる。記されていた日付はかなり昔のもので、どうやら、祖父が採集したらしかった。
「田上山は、水晶やトパーズの産地だね。昭和四十九年に発見されたペグマタイトの晶洞から、とても大きなトパーズが見つかったそうだよ」
 他にも、煙水晶(スモーキークオーツ)やジルコン、雲母(うんも)や長石(ちょうせき)がたくさん見つかったのだと、雫は教えてくれた。
「そんな晶洞に入ったら、宝石箱の中に迷い込んだみたいに感じるだろうなぁ」
 僕は、目の前のトパーズを眺めながら、ペグマタイトの鉱物達に思いを馳(は)せた。
「昔は、世界的に有名な産地だったんだっけ。今も、国産鉱物コレクターの聖地みたいにはなってるけど」
 律さんは、記憶の糸を手繰り寄せながらそう言った。
「律さんは、田上山に行ったことがあるんですか?」
「まあ、結構前に一回だけなら」
 大変な思いをしたのか、苦笑交じりに律さんは答える。
「でも、こんな立派なトパーズは採れなかったね。小さなトパーズならば、何とか採れたけど。やっぱり有名な産地だし、めぼしいところは掘り尽くされちゃってるのさ」
 律さんは、肩を竦(すく)めた。
「それでも、いいのを見つける人は見つけちゃうんだよなぁ。石精の声でも聞こえているのかな」
「それはあながち、間違いではないかもしれないね」
 腕を組んで考え込む律さんに、雫が答える。
「見つかる前から、縁が結ばれている場合もある。そういう時は、石精がその相手を呼ぶのさ」
「じゃあ、僕も耳を澄ませていれば聞こえるかも!」
 律さんは目を輝かせる。
「そうかもしれないけど、鉱物の産地は沢山あるからね。縁が結ばれている石精が、日本にいるとは限らないんだよ」
「そっか……。そうだよね……。ブラジルから呼ばれてたとしても、地球の裏側じゃあ声が聞こえないだろうし……」
「ブラジルと言えば立派な宝石鉱物の産地だから、その分、鉱物も多いし、縁がある石精に会える可能性も高いけれどね」
 雫は、項垂(うなだ)れる律さんの背中を、なぐさめるように撫(な)でる。
「君の人生はこの先も長いわけだし、じっくりと探せばいいさ。ブラジルに行く機会だってあるかもしれないし。常に、僕達の囁(ささや)きに耳を傾けていれば、きっと聞こえるはずだよ」
「そうだね。有り難う、雫君!」
 律さんはがばっと顔を上げ、雫の白い手をしっかりと握った。雫は、母親のように慈愛に満ちた眼差(まなざ)しで、穏やかに微笑(ほほえ)んだ。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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