よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第四話 蛍石の愁い〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「雫は、土蔵から出られるの?」
 僕は、雫に尋ねる。
「出られるよ。僕の本体を外に出してくれるのならば」
「やっぱり、本体からは離れられないんだね……」
「それは分からないな。試したことがなくてね。仮に、君達に魂と呼ばれるものがあるとしたら、自分の肉体を置いて魂だけで出かけたいと思うかい?」
 雫の問いに、僕と律さんは「うーん」と考え込む。
「確かに、心許(こころもと)ないかもしれないね。身体(からだ)がどうなるか心配だし」と僕は頷いた。
「僕は、幽体離脱に成功したら、日本全国どころか、海外のミネラルショーに飛んでっちゃうなぁ」
 律さんは、少しばかり夢見心地に答える。
「えっ、身体よりもミネラルショー……!?」
「律君が石精だったら、挑戦的な石精になれるかもしれないね」
 雫は、うんうんと頷いた。
「僕達はじっくりと成長したり、ゆっくりと変化したりするから、急激な変化が苦手でね。せっかく、こうして君達のような姿を持てるのだから、色々と試してみればいいのだろうけど」
「そっか。鉱物は途方もない時間をかけて結晶になるんだっけ」
 僕は、雫が本体から離れるのを躊躇(ちゅうちょ)している理由に納得する。
「それじゃあ仕方ないね」と律さんも合点が行ったようだった。
「すぐにじゃなくても、あと百年後くらいに挑戦するとか」
 律さんは、鉱物には短く僕達には長いスケールで提案する。
「そうなると、最早(もはや)、僕と律さんはいないような……」
 人生百年時代と言われているけれど、僕はもう、生まれてから十年ちょっと経(た)っている。百年後に元気でいる自信は全くない。
「そこまで待たせないさ。この前、土蔵の外に運び出された時、外の空気が新鮮でね。正直言って、外をもっと歩きたいとも思ったのさ。だから、少しずつ、本体から離れることに慣れてみようと思うよ」
「よかった」と律さんが胸を撫で下ろす。
「雫君の本体を持って上野まで行って欲しいなんて言われたら、どうしようかと思ったよ」
「流石(さすが)に、そんなことは言わないよ。自分が重いという自覚はあるからね」
 雫を運ぶとしたら、車で運ばなくてはいけないだろう。仮に力持ちの人が持ったとしても、世田谷から上野まで運ぶのは困難だ。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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