よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第五話 桜石の思い出〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 桜が、ちらほらと咲き始める季節になった。
 もう少しすれば、この辺りでも有名なお花見のスポットである砧(きぬた)公園は、桜が満開になるだろう。幼い頃に両親に連れられて行ったことがあるけれど、青空を覆い尽くしてしまいそうな桜の花は、今でも忘れられない。今年は、学(まなぶ)と一緒に自転車で行ってみようか。
「すっかり、春だなぁ」
 作業をひと段落させた律(りつ)さんが、ぼんやりとしながらそう言う。僕達は、祖父の遺品を整理するために、いつものように土蔵の中にいた。
 高い窓の隙間から、やわらかい陽光が射し込む。土蔵の中に置かれた棚や机の上にある緑色や紫色の石達が、優雅にキラキラと輝いていた。
 冬の日射しも温かかったけれど、春の光はそれにも増して、優しく、包み込むようだった。
「過ごし易(やす)い季節になりましたね」
「本当に。厚着をしなくていいから身軽だし、土蔵で作業をする時は楽だよ」
 律さんは、何度も頷(うなず)いてみせた。
 雑然とした魔法使いの住処(すみか)のような土蔵の中は、僕が初めて入った時よりも、ほんの少しだけすっきりとしていた。
 せめぎ合うように並んでいた数々の骨董品(こっとうひん)も、ずらりと並んだ石が入った箱も少なくなり、土蔵全体にゆとりが出来ていた。
 僕と律さんが頻繁に出入りして、その度に掃除をしているので、埃(ほこり)っぽさもすっかりなくなっている。
「最初の頃と比べて、ずいぶんと見通しが良くなったね」
 律さんは、腰に手を当てて満足そうに言った。
「でも、まだまだ石も骨董品もありますね……」
 僕は、少なくなったとは言え、まだまだ積まれている木箱を見やる。土蔵の隅にも、手つかずの骨董品が山のようになっていた。
「そうだ。あっちには、まだあんなに骨董品もあったんだっけ」
「忘れないで下さいよ」
 僕は、律さんを軽く小突く。
「石ばっかり見てるから、骨董品の存在を忘れちゃうんだよね。骨董品だって、達喜(たつき)さんの大事な遺品なのに」
 律さんは申し訳なさそうな顔をすると、土蔵に置かれた骨董品をぐるりと見回した。
 アンティーク調の家具であったり、異国情緒が溢(あふ)れる置物であったり、雉(きじ)やイタチの剥製があったりもした。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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