よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第五話 桜石の思い出〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

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 カウンター横に、使い込まれた木の椅子を置かれた。
「座れ」という言葉に素直に従い、雫(しずく)と共に待っていると、イスズさんは暖簾(のれん)の向こうからお盆に載せたお茶を運んで来てくれた。
 あたたかいほうじ茶だった。どうやら淹(い)れたばかりのようで、ほっそりとした白い湯気が絹糸のように立ち上っている。
「頂きます」
 お茶を一口飲んで、ほっと一息吐(つ)く。先程までの緊張感は、だいぶほぐれた。
「さて。ヤマザクラの話だったか」
「ええ。お祖母さんが連れて行かれたって……」
 イスズさんは、自分の湯呑(ゆの)みを傾けながら、「ああ」と頷(うなず)いた。
「この店は昔、俺の祖父が経営していた。だが、病死しちまってな」
「そうだったんですか……」
「父親は会社勤めをしていたから、店を引き継ぐのは現実的じゃなかった。俺も、当時は学生でね。そこで、祖母が継いだのさ」
 イスズさんのお祖母さんは、夫との思い出の店を閉めたくなかったのだという。店は夫婦が二人三脚で経営していたようなものだったので、店主が何をすべきかはちゃんと知っていた。
 それからというもの、お祖母さんは夫が座っていた椅子にのんびりと腰掛けて、店番をするようになったのである。
「祖父母は本当に仲が良かったんだ。祖父が死んだ時の、祖母の塞ぎようは酷いものだった」
「それは……」
 大切な人を亡くした時の気持ちは分かる。僕も、祖父と愛犬のメノウを亡くしているから。
 蘇(よみがえ)った胸の痛みを堪(こら)えつつ、僕は続きに耳を傾けた。
「だが、祖父の店を継ぐと決めてからは、祖母は毎日がとても楽しそうだった。あの時の祖母の様子は、今でも目に焼き付いている」
 イスズさんのお祖母さんは、お祖父さんが大切にしていたものを、まるで本人に接するかのように大事にしていたという。
 この店だけでなく、裏手のヤマザクラも含まれていた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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