よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第七話 黄鉄鉱の輝き〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「化学反応を起こすと、どうなるの?」
「黄鉄鉱が分解して、硫酸の粉になって崩れてしまうんだよ」
「えっ、硫酸に!?」
 硫酸と言えば、皮膚につくと火傷をするという劇薬のイメージが強い。思わず声をあげる僕に、「まあ、そこまで純粋な硫酸じゃないけれど」と雫は付け加えた。
「硫酸は三酸化硫黄を水で反応させると得られるものでね。黄鉄鉱に水分を含ませて放置――即(すなわ)ち酸化させることで、似たような反応が得られるんじゃないかな」
 雫の話を聞いた律さんは、困ったような顔をしながら頷く。
「黄鉄鉱と同じ組成でも、生成条件が違うと白鉄鉱(はくてっこう)っていう鉱物になるんだ。こっちは特に水分に弱くてさ。これが混じってる黄鉄鉱だと、崩れやすいって聞いたことがあるよ」
 紙箱に保存していた黄鉄鉱を久々に眺めようとしたコレクターが、穴の開いた紙箱とその中に山になっている黒っぽい粉を見て嘆いたという話もあるという。その黒っぽい粉こそ、分解された黄鉄鉱の成れの果てだったそうだ。
「でも、石倉さんは水洗いはしてないって言うし、大丈夫かと……」
「日本は、湿度が高いからね」
 雫は、沈痛な面持ちでそう言った。律さんも、しょんぼりした顔で頷く。
 日本にいると忘れがちだが、日本は水が豊かだ。蛇口をひねれば飲料水が出て来て、水回りに不自由はない。
「そっか。日本の気候って特殊なんだっけ……」
 日本では砂漠の薔薇(ばら)が出来ないということを思い出す。一説によると、砂漠の薔薇の成分が凝縮する前に、豊富な水で流されてしまうからだという。
 部屋に置いているだけで、鉱物は或(あ)る程度の湿気に晒(さら)される。そこで、湿気に弱い鉱物はダメージを受けてしまうのだ。
「それじゃあ、石倉さんにはケースを勧めれば……!」
 律さんが手にしたケースや、売り場にあるケースを眺める。だけど、紙箱に大事にしまっていた標本が崩れるくらいだし、ガラスやプラスチックで何処まで防げるだろうか。
「乾燥剤を一緒に入れるっていう方法もあるけど、乾燥させ過ぎて標本を損ねた話も聞いたことがあるしね」
 律さんは苦い顔をしている。雫もまた、腕を組んだまま考え込んでいた。
 雫や律さんでもお手上げだなんて。
 石倉さんにどう説明したらいいものかと、僕もまた頭を抱えたのであった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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