よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第七話 黄鉄鉱の輝き〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 僕は帰宅すると、真っ先に土蔵へと向かった。
 電気を点けると、土蔵の中に飾られている鉱物の煌めきとともに、雫が姿を現す。
「おかえり、樹」
「ただいま、雫」
 僕は顔を綻ばせ、今日の出来事を雫に話す。
 石倉さんの黄鉄鉱の石精が現れて、僕達に幻想を見せてくれたこと。鉱物が化学反応を起こして別のものに置き換わるのもまた、自然がもたらした変化だということ。石倉さんはそれを受け入れつつも、せめて自分の所為(せい)で黄鉄鉱が損なわれないようにと、ガラスケースに入れて湿度の低い部屋に保管し、毎日様子を見るとのこと。
 順を追って話す僕に、雫は何度も相槌(あいづち)を打って聞いてくれた。
「そうか。その子も石精と縁があったのならば良かった。縁を持つ者の想いが、一番身近で響き易いだろうからね」
「そう言えば、雫」
「うん?」
 雫は僕の顔を覗(のぞ)き込む。水晶のように煌めく瞳に、吸い込まれそうだ。
「雫も、いつかは……」
 そこまで言って、口を噤(つぐ)む。
 雫も、いつかは別のものになってしまう。今は変化がほとんど分からないけど、僕が気付かないところで少しずつ化学反応を起こしているはずだ。
 僕も雫も、速度は違うけれど、確実に自然に還(かえ)ろうとしているのだ。
 黄鉄鉱の石精が見せる幻想を前に、それを強く感じるようになってしまった。
 だけど、その不安まで雫と共有する必要はないのではないだろうか。
 そんな気持ちが、僕の発言を思いとどまらせた。
「いつかは、崩れ去る時が来るだろうね」
 雫は僕の心を見通したかのように、呑(の)み込んだ言葉を口にした。
 それでも、雫の表情に悲しみは見られなかった。穏やかで、全てを悟った賢者のようだった。
「僕だけじゃない。みんなそうなんだ。そして、みんな、そうなったものから生まれているんだよ」
「そう……だね」
「樹もまた、崩れ去った誰かや何かから生まれたんだ」
「僕が崩れ去ったら、他の誰かになる……」
「そうなるね」
 雫は何ということもないように言った。
「雫は、強いな」
 僕の口から、そんな一言が零(こぼ)れ出た。
「それが当たり前で、崩れ去ったからって終わりじゃないっていうのは分かるけど、僕はやっぱり怖いよ」
「少しずつ、受け入れていけばいいさ。樹にだって、まだまだ時間があるんだ」
 雫は微笑む。その整った笑顔は作り物のようで、僕とは違う世界の住民のように見えた。
 それでも、僕は頷く。いずれは、受け入れなくてはいけないことだから。
「頑張ってみるよ」
「ああ。無理のないようにね」
 雫は、気遣うようにそう言ってくれた。雫の優しい声が、不安がにじり寄る胸に染み渡る。
 僕は、無意識のうちに雫の手を握っていた。ひんやりとして硬くて、長くて繊細な指が僕の手を握り返してくれる。
 少しだけ、不安が和らいだ。
 僕はもうちょっとだけその感触にすがりたくて、しばらくの間、手を繋いでいたのであった。

 

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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