よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「そうだな。来週にでも、来て貰うか」
 父は、決心したように頷いた。
「持て余しちゃったものは、欲しい人のところに行った方が良いと思う。物も人も、然(しか)るべき縁が結ばれる機会が、多い方が良いしさ」
「ほう。樹も、そんなことを考えるようになったのか」
 父は絵画を片手に持ち直し、もう片方の手で僕の頭を撫(な)でる。もう子供扱いして欲しくなかったので複雑な気分だったけれど、父の手のひらは大きくて温かかった。
「お祖父ちゃんの鉱物が、色々と教えてくれたから」
「律(りつ)君と整理している石か。土蔵に入る度に思うけど、見事だよなぁ」
 石の価値はあんまり分からないけど、と父は気恥ずかしそうに付け加える。でも、価値が分からない人間ですら見事だと感じるのは、素直に凄(すご)いと思った。雫(しずく)がそれを聞いたら、喜ぶだろうか。
「お父さんは、あの中ではどの石が好き?」
「うーん」
 父は腕を組んで考え込む。
「あのハート形の石なんか、グッと来るな。一時は山桜さんのところに引き取って貰ったけれど、やっぱりうちにあるとしっくり来るよ」
「お父さんも、日本式双晶(そうしょう)が気に入ったんだ」
「そうそう、日本式双晶な。水晶の原石の形は何となく知ってたんだけど、ああいう形になるなんて思わなかった。父さんも、目から鱗(うろこ)だよ」
 父は、深々と頷く。僕は、思わず顔を綻ばせた。
「あの石、お前も気に入っているようだし、部屋に運んだらどうだ? お祖父ちゃんも、大切にしてくれるならば構わないって言いそうだし」
「言いそうだけど……」
 祖父の姿を思い浮かべる。気難しい顔をしながらも、自分のコレクションを引き継ぐことを喜んでくれそうだ。
「でも、今はいいかな」
「運ぶのなら手伝ってやろうか?」
「ううん。あの石も、もう少しお祖父ちゃんの思い出に浸りたいと思うし」
 僕の言葉に、「そうか……」と父はちょっとだけ納得したように引き下がった。
 あの大きな日本式双晶が――雫が僕の部屋にいるところを想像する。勉強をする時も、読書をする時も、友達とSNSでやりとりする時も、雫がそばにいると思うと気持ちが温かくなるし、少しこそばゆい。
 だけど、雫は他の石達に囲まれて、祖父の残り香があるところで佇(たたず)んでいる方がしっくり来ると思った。
 もし雫が、僕の部屋に興味があるような顔をしたら、誘ってみよう。それまでは、そっとしておこう。僕はそう決意し、一人頷く。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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