よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「自分はこんなんだし、全然駄目で」
 高木君は、もじもじしながら俯いた。「そんなことないよ」と僕は咄嗟(とっさ)に口を挟む。
「こんなに綺麗な絵を描けるじゃないか」
「でも、実際はもっと綺麗だったんです。自分の実力不足っていうのもあるんでしょうけど」
 そこまで言うと、高木君は傍らに置かれていた絵の具のセットに視線を落とした。
「やっぱり、こういう絵の具じゃ駄目なのかな」
「えっ……?」
 高木君が持っているのは、僕も美術の授業で使っている絵の具セットだ。確か、学校が指定し販売していたものだったはずだ。
「美術部の他の人達は、もっと良い絵の具を使ってるんです」
「ああ、成程……」
「でも、うちはそんなものにお金をかける余裕がないって言われてしまって……。色数だって少ないから、混ぜ合わせながら使ってるんですけど、高い絵の具に比べたらサッパリで」
 高木君は、深い溜息を吐いた。僕はフォローしたいと思うものの、言葉に詰まってしまう。
「確かに、高い絵の具は、その分、綺麗なんだろうけど……」
「自分は将来、画家になりたいんです。勉強もスポーツもイマイチ出来ないんですけど、絵を描いている時だけは楽しくて。だから、絵を描くことで生計を立てたいと思っているんです」
「人には、向き不向きっていうのがあるしね。僕は絵を描くのがすごく苦手だから、楽しいって感じるのは凄いと思う」
 絵を描くのが楽しいと思うことも、才能の一つなんだろう。ならば、それを生業(なりわい)に出来るとしたら幸福なことだ。
 だけど、高木君はままならない状態だ。親の理解が得られていないし、理解を得るための条件をクリアするのも難しいという。
「良い絵の具があれば、もっと良い絵が描けそうなんですけど」
「良い絵の具かぁ……。お祖父ちゃんは多趣味だったけど」
「お祖父さん?」と高木君は問う。
「うん。もう、亡くなっちゃったけど……」
 僕は、祖父の遺品整理をしていることを簡単に伝えた。
「確か、絵を描くことはやってなかったと思うし……。残念だけど、何か譲れそうなものはないかな……」
 腕を組んで考え込む僕に、「あっ、そうじゃないんです!」と高木君は慌てた。
「自分の状況をどうにかして欲しかったというわけでは……! その、話を聞いて貰えただけでも嬉しかったですし」
「だけど、将来の夢に関しては僕も応援したいっていうか……」
 僕はそう言いかけるものの、高木君は逃げるように道具をしまい始めてしまった。
「本当に大丈夫です! 有り難う御座いました!」
「た、高木君……!」
 画材を小脇に抱え、高木君は校舎の方へと去って行く。
 取り残された僕は、しばらく呆然(ぼうぜん)として立ち尽くすことしか出来なかったのであった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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