よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 本当に、うちに良い絵の具は無いだろうか。
 そう思った僕は、帰宅するなり土蔵へ向かった。
 土蔵の重い扉を開ける時に、宿題を持ってくればよかったなと思い出したけれど、戻っている時間が惜しかった。
「おかえり、樹」
「ただいま、雫」
 透き通るように綺麗な男の子――雫は、穏やかな笑みで僕を迎えてくれた。
「今日も、君に会えて良かった」
 嬉しそうに微笑む雫に、「大袈裟(おおげさ)だな」と僕もつられて笑う。
「大袈裟ではないさ。世界は日々変化している。次の瞬間、どうなるかなんて誰にも分からないからね。樹と一緒に日々を過ごしていると、特にそう思うよ」
「僕と過ごしていると……?」
「ああ。人の子は成長が早いしね」
「そういうものかな……」
 僕自身には、自分の成長はあまり実感出来ない。背丈だって、ちょっとだけ伸びたくらいだ。クラスでは小柄な方なので、早く成長期が来てくれと毎日のように願っている。
「自分では、実感を得られないものさ」
 僕の気持ちをフォローするように、雫は言った。
「そういう僕自身は、自分が変わったという実感があってね」
「えっ、雫が?」
「ああ」
 雫は、土蔵の一角に置かれたままの椅子に座るよう、僕に促した。僕は雫の言葉に耳を傾けながら、腰を下ろす。
「今までは、時の流れに身を任せていたけれど、これからは毎日を大切にしたいと思ったんだ。樹を見ていると、特にそう思ってね。今の樹は、二度と見られないから」
 大袈裟な、とまた言おうとしたけれど、雫の僕に向ける眼差しが、まるで成長を見守る親のようで、僕はそっと口を噤(つぐ)んだ。
「今の僕は、二度と見られない……」
「そう。変化は少ないけれど、今の僕もそうなんだよ、樹」
 雫は、そっと自分の本体である日本式双晶を撫でる。
「あっ、なるほど……!」
 僕は思わず、携帯端末を取り出して、その様子を撮ってしまった。突然のシャッター音に、雫は目をぱちくりさせる。
「ごめん……、つい」
「いいんだよ。でも、僕のこの姿は写らないのではないかな」
 僕が撮った画像を、雫が覗(のぞ)き込む。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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