よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「赤い絵の具なら、辰砂(しんしゃ)かな。こちらは水銀を含んでいるから、扱いには注意しなくてはいけないのだけど」
 雫は別の箱を取り出し、中から赤い石を取り出してみせる。指先ほどの、コロンとした芋のような佇まいで、可愛らしいと思った。
「赤くて可愛いね。水銀を含んでるようには見えないけど」
「この子は、北海道にあるイトムカ鉱山で採れたものなのさ。イトムカ鉱山は水銀の鉱山でね。イトムカはアイヌ語で、輝く水を意味していたそうだよ」
 僕は、学校で習ったことを思い出す。
 水銀は、その名の通り、銀色の液体のような物体だ。どうやら、鉱物の一種のようだけど、液体のように形が定まらないので、あまり石のようには思えない。
 見た目が美しいだけではなく、工業的にも有用で、身近なところでは体温計にも使われていたらしい。
 だけど、水銀には毒性があって、公害の原因になってしまったことから、使用を控えられるようになってしまった。
「辰砂は『丹(たん)』とも呼ばれていてね。丹が付く地域は、辰砂が採れた場所だったのかもしれないね。あと、辰砂の色自体を丹と呼ぶこともあるそうだよ」
「牡丹(ぼたん)の丹も、赤っていう意味なのかな」
 身近なものを連想する僕に、「そうかもしれないね」と雫は頷いてくれた。
「中国の道教(どうきょう)では、不老不死の象徴とも言われていたようだ。そこで、練丹術(れんたんじゅ)というものが生まれたようだけど」
 不老不死とされるがゆえに、昔は薬として飲まれていたこともあったという。その話をする雫は、困ったような顔をしていた。
「水銀が有毒だって分からない時代だったんだね……。確かに、赤くて綺麗だけど……」
「粉末状にすると、もっと鮮やかで美しいんだ。この子は達喜のコレクションだから、粉末状にするわけにはいかないけれど」
 雫は苦笑しながら、辰砂を丁寧にしまった。
「まさか、鉱物が絵の具になるなんて思わなかった……。鉱物って、何処(どこ)にでも使われているんだね」
「そうさ。僕達は色々なところにいるんだ。結晶を目にして幻想的な気持ちになってくれるのも嬉しいけれど、君達の日常の中に僕達を感じてくれると、もっと嬉しいな」
 雫は、水晶は時計などの水晶振動子に使われているんだよ、と同族をアピールすることを忘れなかった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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