よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 複雑な気持ちが、僕の中に渦巻いた。
 でも、知らなくていいこともある。世の中にはどうしようもないこともあるし、知らないままの方が何事もなくて済むこともあるはずだ。
 僕は自分にそう言い聞かせて、余計なことを口にせず、「有り難う御座います」と会釈をして美術室を後にした。
 昨日いた場所に、高木君はいるだろうか。
 いて欲しいという気持ちを胸に、木箱をしっかりと携えて校庭へ出る。木箱の中からは、ゴロゴロと石がリズミカルに動く音が聞こえてきた。
 グラウンドからは、運動部のきびきびした掛け声が聞こえてくる。校舎からは、吹奏楽部の演奏が響いていた。
「高木君……」
 昨日の場所まで来てみたが、彼の姿はなかった。
 美術部の部員の口ぶりからして、まだ校庭にいるはずだ。僕は絵を描き易(やす)そうな場所を探したものの、姿は見当たらない。もしかしたらと、茂みの奥を覗(のぞ)き込んでみるけれど、やっぱり、高木君はいなかった。
「かくれんぼでも、しているみたいだ」
 まるで高木君が、自分の絵の具と絵を見られたくないと言って隠れているかのようだ。そう思えば思うほど、焦燥感が募ってしまう。
「あっ」
 校舎裏に足を延ばそうとしたその時、手が滑って木箱を落としそうになった。
 慌てて持ち直したものの、蓋が僅かに開いてしまった。その所為(せい)で、中に入っていたものの一つが転げ落ちてしまう。
「待って!」
 器用に転がる石を、僕は必死に追いかけた。まるで、意思を持っているみたいに、地面の上を飛び跳ねつつ、捕まえようとする僕の手をすり抜ける。
 ようやく何かに当たって止まり、僕は胸を撫(な)で下ろして拾おうとした。しかし、そこには見覚えのある人物が蹲(うずくま)っていた。
「高木君?」
「草薙(くさなぎ)先輩」
 校舎裏の片隅で、高木君はしゃがみ込んでいた。彼の隣には画板があり、あの見事な夜空の絵は裏返されている。目は心なしか腫れぼったく、涙の痕が見えた気がした。
「えっと、ごめんね……!」
 とっさに謝ってしまう。なんてタイミングが悪い時に来たんだろう。
「いえ。なんか、こちらこそすいません」
 高木君は手の甲で目を擦(こす)ったかと思うと、改めて僕のことを見上げる。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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