よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 本当は、木箱の中に入った幾つかのラピスラズリの中から選んで貰(もら)おうかと思ったけれど、このタイミングでそんなことを言い出すのは野暮だと思ったから。
「それ、僕のお祖父(じい)ちゃんのコレクションの一つなんだ。高木君さえ良ければ、貰って欲しいんだけど」
 祖父のコレクションと聞いた瞬間、高木君の顔色がさっと変わった。慌てて首を横に振り、僕の方へと突き返す。
「す、すいません。そんな大事なものなのに、べたべた触っちゃって」
「あっ、ううん。高木君に貰って欲しかったから、別にいいんだ」
「そんな。昨日会ったばかりなのに、大事なコレクションを貰うなんて悪いですよ……!」
 高木君は、恐縮するように俯(うつむ)く。
「それを言われると、ほぼ初対面の相手の事情に踏み込み過ぎかなと思うんだけどね……。でも、高木君のことは放っておけなくて。悩みも聞かせて貰ったしね」
「あれは、自分が勝手に喋(しゃべ)ってしまって……」
「ううん。一人で悩むのは、辛(つら)いしね」
 僕は、高木君の横に腰を下ろす。
「草薙先輩も、一人で悩んだことが……?」
「家族が、立て続けに亡くなった時期があってね。その時は、もう駄目かなって思うくらい落ち込んだんだ」
 今も、完全に立ち直ったわけじゃない。でも、こうして地球で生きていることで祖父やメノウの存在を感じることも出来るし、こうして思い出として話せるようにもなった。きっと、あとは時間の問題だ。
「そんな時、そばにいてくれた人がいてね。まあ、人っていうか石なんだけど」
 雫の姿が頭を過(よぎ)る。そんな僕の横顔を、高木君は不思議そうな顔をして見つめていた。
「石……?」
「そう、石っていうか、鉱物だね。鉱物に触れることで、元気になれた。そんな経験があったから、一人で悩んでいた高木君を他人事のようには思えなかったし、だからこそ、このラピスラズリを渡したかったんだ」
「……そうなんですか」
 高木君は、しばらくの間、ラピスラズリを見つめていた。ラピスラズリもまた、黄鉄鉱をキラキラと輝かせながら、高木君を見つめ返しているようにも思えた。
「まあ、祖父曰(いわ)く、そこまでクオリティが高いものじゃないみたいだけどね。中東から来た業者さんから大量に買ったうちの、一欠片(ひとかけら)みたいで」
「充分、綺麗ですよ」
 高木君の言葉に、迷いはなかった。「そうだね」と僕は頷く。
「でも、これを絵の具にするのは勿体(もったい)無いですね。粉末状にして、定着剤と混ぜ合わせれば、ウルトラマリンが手に入るんでしょうけど」
 高木君は苦笑する。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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