よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「勿体無いっていうのは、よく分かる」と僕も頷いた。原石好きとしては、何も手を加えず、そのままの姿を楽しみたいという気持ちもある。
「あの絵、描いているうちによく分からなくなっちゃって」
 高木君は、ぽつりと呟(つぶや)いた。
「自分が見た星空はこんなもんじゃない。もっと綺麗に描かなくちゃ、って新しく色を作る度に、どんどん思い出からかけ離れて行っている気がするんです」
 思い出は、時間が経(た)てば経つほど美しくなるとも言われているし、その所為かもしれない。だけど、本当に自分が星空を表現出来ていないのかもしれない。そんな気持ちが堂々巡りしてしまい、筆が進まなくなってしまったのだという。
「そのうち、自分がこうして足搔(あが)いているのも、無意味なんじゃないかと思うようになって。親の援助を受けている部員の方が、色数も多くて綺麗な絵の具を持っているし、自分なんかでは敵(かな)わない。そもそも、うちは裕福な家庭ではないし、お金がかかる美術学校に行こうとしていること自体、間違ったことなんじゃないかって思うんです」
 高木君はそこまで捲(まく)し立てると、深い溜息を吐(つ)いた。
「やっぱり、公立の高校や大学に行って、選択肢の多い仕事についた方が良いんじゃないかって……」
「まあ、それが無難な道なのかもしれないけど」
 僕も、自分の夢と、少しだけ心配そうだった父を思い出して胸が痛んだ。
「でも、高木君はそれでいいの? 絵を描くことが好きなのに。絵を描くことを生業(なりわい)にしなくても大丈夫なの?」
「……いいえ」
 搾り出すような声だった。最早、涙声に近かった。
「そんな生活、きっと長続きしない。普通の企業ではやっていける気もしない。仕事で上司や先輩に叱られ、夜遅くに帰って来て、絵を描く時間もなく寝なくてはいけない生活なんて……」
 自分が目指している道が正しいのか、努力したらその道を歩めるのか、それだけの資格があるのかと、高木君は頭を悩ませていたらしい。高木君の涙の理由も、きっとそれなんだろう。
「高木君……」
 僕は、彼にかけるべき言葉を探す。僕が同じようなことで悩んでいたら、雫(しずく)ならばきっと――。
「貴方(あなた)の想(おも)いのままに、筆を動かせばいいのです」
 静かな夜のような、ひっそりとした声が僕達を包んだ。
 僕と高木君は、目を丸くして声の方を振り向く。そこには、青みがかった髪の、中性的な美しい人が佇(たたず)んでいた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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