よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 ハッと我に返った時には、僕達は放課後の校舎裏にいた。
「夢……?」
 石精の姿はなかった。その代わりに、僕と高木君は、二人でラピスラズリを手にしていた。
「あっ、ごめん!」と僕は飛び退(の)く。
「い、いえ! こちらこそ!」と高木君は首を横に振った。
「なんか今、夢を見てたみたいです……。綺麗な女の人……いや、男の人かな。とにかく、不思議な雰囲気のオリエンタル美人が、自分の頭を撫でてくれて」
 高木君は、まだラピスラズリの夜空の中から抜けきっていないような顔でそう言った。
「僕もその情景を見たよ。ラピスラズリの夜空、綺麗だったね」
「草薙先輩も、同じ夢を?」
「夢というか、幻想かな。鉱物が見せてくれる、美しく儚(はかな)い物語さ」
「鉱物が見せる幻想……」
 高木君は、手の中にあるラピスラズリを、大切に握り込んだ。
「自分は、もう少し頑張れそうな気がします」
「そっか。それは良かった」
「今まで、雑念が多かったんじゃないかなって。高級な絵の具と、そうでない絵の具には確かに差があるかもしれないけど、そんなことを考えるよりも、自分の世界をちゃんと表現したいなって思いました」
 高木君の目は澄んでいた。ラピスラズリの夜空のようだと思った。
「きっと、色んな事を考えすぎて、絵を描くのが楽しくなくなっていたんでしょうね。焦るあまり、自分で自分の首を絞めていたようです。絵を描くのが楽しくなくなったら、あとはただ、苦しいことしか残っていないのに」
 高木君は苦笑する。
 だけど、手の中の感触を思い出したのか、首を横に振った。
「でも、先輩のお陰で、絵を描くこと以外にも興味が湧きました。鉱物って、とてもいいですね。鉱物も地球の芸術だし、それに触れることで新たなインスピレーションが生まれそうです!」
「ふふっ、そうだね」
 僕は顔を綻ばせる。インスピレーションの助けになるようにと、鉱物を見られる国立科学博物館や、新宿の大型書店の一階にある標本屋さんを紹介した。
「すいません。何から何までお世話になって。しかも、先輩のお祖父さんの石まで貰っちゃって」
「いいんだよ。大切にしてくれる人のところに行った方が、石も幸せだろうしね」
 僕は、ラピスラズリの産地をメモした紙も高木君に渡す。高木君は、それを不思議そうに眺めていた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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