よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「へー。この石、アフガニスタンで採れたんですね。ずいぶんと旅をしたんだなぁ」
「主な産地は、アフガニスタンとロシアなんだって。市場に多いのはアフガニスタン産かな。日本では産出しないみたい」
 その昔、シルクロードを経て日本に伝来したことがあるという。また、古代メソポタミアでは装飾品に使われ、エジプトではツタンカーメンのマスクにも用いられたことがあるらしい。
「標本として保管するなら、産地情報がないといけないんだ。何処で採れたか分からなくなったら、石も不安がるしね」
「それはいけないですね。ちゃんと、一緒に保管しないと」
 高木君は、メモとラピスラズリを、制服の胸ポケットの中に丁寧にしまい込んだ。
「このラピスラズリは御守りにするとして、ウルトラマリンの色には興味がありますね。ラピスラズリの原石の色も綺麗だったし、フェルメールが用いた青も見事だったし、自分も使ってみたいなって」
「それは僕も気になるなぁ。藍銅鉱や孔雀石(くじゃくせき)みたいな、顔料になる他の鉱物も併せて、使ってみたい気もする」
「先輩も絵を?」
「美術の授業の時に少々……」
 暗に、普段は描かない旨を伝えつつ、僕は携帯端末で検索をする。高木君も僕が何をしようとしているのか察したようで、共に画面を覗き込んだ。
 ラピスラズリを顔料とした絵の具は、どれくらいで購入出来るのか。
 もし、手が届くのならば試してみたいし、高木君に試して貰いたい。そんな好奇心が、僕の中にあった。
「あった……!」
 画材の通販サイトで販売されているのを見つけた。僕と高木君は、ラピスラズリの絵の具の値段を見やる。
 その瞬間、二人して絶句してしまった。
「……う、ううん」
「……うわぁ」
 美しいウルトラマリンの絵の具は、僕達にとってなかなかの高級品だった。
 僕と高木君は顔を見合わせると、ぷっとお互いに吹き出す。
「これはなかなかだね……!」
「確かに……! こんなの、親に買ってくれなんて言えませんよ」
 高木君は困ったように笑った。しかし、「でも」という続きがあった。
「これくらい高嶺の花だと、逆に吹っ切れますね。いつかウルトラマリンを使うに相応(ふさわ)しい作品が描けるよう、努力しようと思います」
「そうだね。僕も――ラピスラズリも応援していると思うよ」
 僕の言葉に、高木君は嬉しそうに目を細める。初めて見る心からの笑顔に、僕もつられて微笑んだ。
 高木君は、ラピスラズリが入った胸ポケットをそっと撫でる。
 その仕草はとても優しく、温かくて、希望に満ち溢れていたのであった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

Back number